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    <title>提言</title>
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    <updated>2012-10-22T07:25:49Z</updated>
    
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    <title>検証―日本の再生は地域づくりから　　大妻女子大学教授・田代洋一</title>
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    <published>2012-10-22T07:21:33Z</published>
    <updated>2012-10-22T07:25:49Z</updated>

    <summary>　第26回ＪＡ全国大会は「次代につなぐ協同―協同組合の力で農業・地域を豊かに」を決議した。各地での戦略づくりを含め「次代につなぐ協同」の実践がこれから期待されると同時に、大会で強調されたのは目の前にある課題は震災からの復興、ＴＰＰ問題、原発事故問題であることだった。
　これらの問題をどう捉えるかも含め、私たち農業・農協に関わるものたちにとって、今がどのような時代なのかを改めて自らに問うことも求められていることが示されたのではないか。今回はわが国の農業・食料問題を歴史的視点を重視して解説した『農業・食料問題入門』（大月書店）を執筆した田代洋一大妻女子大学教授に日本農業、農協をめぐる「歴史と今」を述べてもらった。</summary>
    
        <category term="提言" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="/archive03/proposal/">

        <![CDATA[<p style="text-align: center;"><strong><span style="font-size: x-large;"><span style="color: #800000;">「協同」こそグローバル化時代の農業・農協の使命</span></span></strong></p>
<p><br /><strong><span style="color: #008000;">◆歴史は「今」を知ること</span></strong></p>
<p><span enctype="application/x-www-form-urlencoded" class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img style="float: right; margin: 0 0 20px 20px;" src="/archive03/proposal/images/prop1210221403.jpg" alt="『農業・食料問題入門』（大月書店）" width="120" height="167" /></span>　このたび『農業・食料問題入門』（大月書店）を上梓した。『農業問題入門』（1992年）の事実上の第三版にあたる（第二版は2003年）。前半では戦後日本の農業・食料問題を歴史的にトレースした。後半は食料、価格、構造、農協、都市と農村の現状分析にあてた。本書は歴史を縦糸とし現状を横糸としている。タイトルに「食料」を入れ、また「都市と農村」で締めくくり、地域の自立と連携に21世紀の方向を求めた。<br />　執筆時は、政権交代、ＴＰＰ問題、東日本大震災と原発事故に重なった。これまで営々と創り上げてきたものが音をたてて崩壊していく日本沈没の危機である。<br />　このような混迷期の原因にメスをいれ、再生の道をさぐるには歴史を顧みるしかない。歴史とは、事件を時系列的に並べることでも、歴史的教訓の玉手箱でもない。「今」の拠って来たるところを知ることである。そこで戦後農業・農政の遺産と課題について述べたい。</p>
<p><br /><strong><span style="color: #008000;">◆戦後改革の遺産</span></strong></p>
<p>　アメリカは占領当初は「戦後改革」で日本の民主化を追求したが、東西の冷戦体制が顕在化しだした1947年あたりから「占領政策の転換」に舵を切った。しかしそのなかで農業は大きな転換がなかった。いいかえれば農業では「戦後改革」の良質の部分が残った。<br />　農地改革の結果としての農地法は、農地取得の権利を耕作者（農家）に限定し、農外者や株式会社のそれを禁じた。また農地はあくまで農地として利用すべきものとして、その転用を厳しく統制した。これらは資本主義の浸透に対する農業保護制度の土台になった。今日でも株式会社の農地購入は認められていない。<br />　そのほか、農業協同組合、土地改良、農業共済、農業改良普及制度等の骨組みがつくられた。戦後の10年は、農村が貧しくはあったが最も明るい時代だった。<br />　先頃、26回ＪＡ全国大会が開かれたが、決議に初めて「協同組合原則」が掲げられた。原点に立ち戻ろうというわけである。農協と自治体・普及員制度等との連携強化も唱われた。これらは戦後改革の良き遺産だが、今日それを規制緩和で洗い流す動きが強まっている。</p>
<p><br /><strong><span style="color: #008000;">◆高度経済成長と農業</span></strong></p>
<p>　高度成長＝重化学工業化は、日本の国土を大平洋ベルト地帯とその他の地帯に二分し、後者を過疎に追い込み、兼業稲作を普遍化し、穀物自給率を半減させた。農業基本法は、そのような高度成長に寄りかかりつつ農業の近代化を果し、もって高度成長に貢献することを目的とした。<br />　しかし他方で、農業基本法は農業総生産の増大、輸入制限・関税引き上げを唱った。その結果は無残で、国境保護はグローバル化のなかで今や風前の灯火だが、それでも新基本法は「国内の農業生産の増大」を引き下げることは出来ず、日本はＷＴＯでは「多様な農業の共存」を主張している。その主張からはＴＰＰ参加は絶対に出てこない。<br />　基本法農政の構造政策というと、個別の規模拡大、自立経営の育成一本槍に理解されるが、協業の助長が同列に置かれており、後者の方が生産組織、集落営農等の展開として、その後の構造変動の主流になった。農業基本法の立案者たちがほんとうはどちらを重く見ていたのかは今もって謎であり、我々は歴史からみていく必要がある。</p>
<p><br /><strong><span style="color: #008000;">◆転換期と農業・食料問題</span></strong></p>
<p>　本書では、1970年代を高度成長期からグローバル化期への転換期とした。この時期は短いにもかわらず今日の農業・食料問題と農政の基調を作った。<br />　まず「農業問題」から「農業・食料問題」への転換が始まった。1970年は、大阪万博へのファストフードやファミリーレストランの出展、すかいらーく１号店の開店をもって「外食元年」とされた。加工食品、外食、ついで中食のウエイトが増し、生産者と消費者の間が遠くなった。消費者の直接の関心が農業から食料にシフトするなかで、農業問題も農政も食料に主戦場が移りだした。農業者も食料問題を通じて農業問題を訴える必要が生じ、消費者との連携、産直等も登場した。<br />　農政は、地域や農協の調整力を活用して生産調整と農地流動化を進める「地域農政」に転じた。この頃から農業経営の多数が農業を自己完結的に営めなくなり、作業受委託や賃貸借が本格化し、他方では生産組織化に取り組むようになった。<br /><span enctype="application/x-www-form-urlencoded" class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img style="float: right; margin: 0 0 20px 20px;" src="/archive03/proposal/images/prop1210221401.jpg" alt="集落営農などの&ldquo;協業&rdquo;が農業構造変動の主役になっている（写真提供：ＪＡ加美よつば）" width="240" height="164" /></span>　「点」としての自立経営の育成もさることながら、日本農業、とくに水田農業は、地域として面的に取り組まねばならないことが明確化した。そこで改めて地域ぐるみ組織としての農協の役割が注目され、また「自治体農政」が強調されるようになった。<br />　またこの時期にエネルギーの原子力依存体制が固まった。日本は、核武装の潜在能力を保持するために、アメリカが1953年に打ち出した「原子力の平和利用」に飛びついたが、高度成長期には石炭から石油へのエネルギー革命に依存した。<br />　しかしその石油が73年のオイルショックで高騰すると、原発に決定的に依存するようになった。そのツケが40年後に回ってきて、人と大地と食料を放射能で汚染することになった。日本は今、エネルギーでも新たな「転換期」をむかえている。</p>
<p>（写真）<br />集落営農などの&ldquo;協業&rdquo;が農業構造変動の主役になっている（写真提供：ＪＡ加美よつば）</p>
<p><br /><strong><span style="color: #008000;">◆グローバル化期の農業・食料問題</span></strong></p>
<p>　1980年代後半からグローバル化が始まる。それには二つの捉え方がある。一つは、ポスト冷戦＝アメリカ覇権の下でのグローバル化であり、アメリカ流資本主義のやり方をグローバル化することだ。もう一つは、世界が一つに結ばれるグローバル化を歴史の必然としつつ、グローバル化するから逆に地域個性が際だつのだとして、その共存を求める方向だ。<br />　スティグリッツ『世界の99％を貧困にする経済』（徳間書店）は、今日のグローバル化の弊害を、市場メカニズム一般ではなく、市場メカニズムに対する規制撤廃の問題、すなわち市場メカニズムを「野放し」にする政治政策の問題だとする。グローバル化時代だからこそ、政治あるいは主権国民国家が果すべき役割が重要だというわけだ。<br />　ポスト冷戦＝アメリカ覇権型グローバル化を代表するのがＴＰＰだ。ＴＰＰは今や、一農業問題から国家・国民主権をアメリカ多国籍企業に委ねるかどうかの問題になっている。国家・国民主権よりも個別の多国籍企業の利益を上位に置くのがＴＰＰのＩＳＤ（投資家・国家間紛争解決）条項である。<br />　朝日新聞の世論調査（８月28日付け）によると、ＴＰＰについて「日本経済に良い影響」35％、「悪い影響」37％。農業へは「良い影響」20％、「悪い影響」60％。「コメを関税ゼロから外すべき」60％、「必要ない」32％。「日本の交渉力に期待できるか」については「あまりできない」58％、「全くできない」20％、である。にもかかわらずＴＰＰに「賛成」が44％で、「反対」37％を上回る。<br /><span enctype="application/x-www-form-urlencoded" class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img style="float: left; margin: 0 20px 20px 0;" src="/archive03/proposal/images/prop1210221402.jpg" alt="第26回ＪＡ全国大会が開かれたＮＨＫホールで参加者によびかける全青協の盟友" width="240" height="166" /></span>　なぜか。国民はＴＰＰが経済的に損なことも、政府に交渉力がないことも十分に承知している。にもかかわらず賛成に追いやられるのは尖閣諸島問題だ。尖閣諸島をめぐる日中対立が、ＴＰＰを安全保障問題にすり替え、国民を日米同盟・日米安保強化に傾かせている。<br />　しかし、<a href="/archive03/tokusyu/2012/tokusyu120718-17411.html">本紙７月10日号に登場いただいた孫崎享氏</a>は、中国のミサイルがアメリカ本土を直撃しうるようになった今日、アメリカは自国民を危険にさらしてまで日本を守らない、と警告している。とすれば、ＴＰＰは、安保問題から切り離して、冷静に通商上の損得問題として考えるべきである。グローバル化の潮流は、アメリカの覇権国家としての凋落と、中国を初めとする新興国の急台頭を促した。日本の貿易相手は、ＴＰＰ諸国が１／４なのに対して東アジア共同体をめざす国々は５割だ。経済の深い連携がある限り、国境問題はいずれ沈静化する。<br />　グローバル化対応の小泉構造改革は、財政や公共事業を通じる地方への所得再配分を切り捨てた。その結果、この時期に日本の地域間格差は再び高まった。ここにも国が果すべき役割がある。</p>
<p>（写真）<br />第26回ＪＡ全国大会が開かれたＮＨＫホールで参加者によびかける全青協の盟友</p>
<p><br /><strong><span style="color: #008000;">◆地域自立は人づくりから</span></strong></p>
<p>　「日本が原発導入に向かった最大の理由はアメリカの世界戦略です」（９月４日の朝日新聞における吉見俊哉東大教授の発言）。また朝日新聞は９月25日付けで、「原発同盟　維持迫った米」を載せている。2030年代に原発ゼロを閣議決定しようとした野田内閣に、アメリカが「ノー」を突きつけたというものだ。食料にしてもＴＰＰにしても原発にしても、問われているのは国家・国民主権だ。<br />　同時に国の自立は地域の自立に支えられる必要がある。自立の基礎には食料とエネルギーの自立がある。食料は太陽エネルギーの有機質エネルギーの転換である。再生可能エネルギーは、太陽光にせよ、風力・水力にせよ究極には太陽エネルギーに依存する。そして太陽エネルギーを受光するソーラーパネルが敷かれるのは首都圏、大平洋ベルト地帯ではなく、その他の地域・農村だ。食料とエネルギーは地産地消こそがふさわしい。<br />　いま、集落営農やその法人化として地域協業が追求されている。それはグローバル化の地域浸透に対する意図せざる対抗でもある。基本法農政の「協業の助長」は今も生きている。ただし助長の主体は、国ではなく農協や自治体になった。<br />　農業や農協には、そういうグローバル化時代の人類史的使命がある。高齢化のなかでそれを担うには「人づくり」、広い意味での教育しかない。<a href="/archive03/tokusyu/2012/tokusyu121010-18097.html">本紙10月10日号の対談</a>で、種市一正・三沢市長は、「市民自らがどういう町でありたいか」を提案してもらう「協働のまちづくり」を提起している。課題はそういう提案ができる主体的な「人づくり」だ。これには時間をかける必要がある。<br />　折からＪＡ全国大会は支店拠点化を打ち出した。支店は中学校区、昭和村のエリアが多い。そこらを一つの地域単位として、「広域合併農協のなかに『小さな農協』」を創る」、自治体・地域住民と連携して地域自立を強める。地域からの日本再生、そのための協同づくり、人づくりが歴史的課題である。</p>
<p>&nbsp;</p>]]>
        

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    <title>【提言】　世界の協同組合運動の歴史と期待・村田武（愛媛大学教授）</title>
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    <published>2012-10-11T03:32:43Z</published>
    <updated>2012-10-11T03:37:58Z</updated>

    <summary>　アメリカ金融大手リーマン・ブラザーズの2008年9月15日の破綻が、またたく間に欧米金融機関の信用不安に広がり、株価暴落をともなった世界金融危機は、各国の金融機関への公的資金の投入では収束せず、「100年に一度」といわれる歴史的な世界同時不況となった。そして、この4年間、政府債務が巨額化し、金融機関の信用不安は解消されず、米欧金融当局の度重なる金融緩和による景気刺激も効果が薄く、世界経済は回復の糸口すら見えない状況にある。
　この世界同時不況が明らかにしたのは、現代の世界経済がグローバル金融資本主義としての性格を強めたことである。ひとつには、先進国大企業のほとんどが多国籍企業になり、製造業が国境を超えてグローバルに編成されるようになった。
　いまひとつは、国際基軸通貨国アメリカの金融資本の主導のもとに世界的な金融自由化が進み、グローバルな資本移動を基本とする国際金融システムが構築された。そして、多国籍企業化した大企業が、国内の労働集約的な生産工程を低賃金の発展途上国に移して逆輸入で競争する戦略を採用したことで、先進国の産業空洞化がひどくなった。つまり、多国籍企業の生き残り競争が、先進国における失業・国民生活破綻、地域経済の疲弊に直結することがあからさまになったのである。</summary>
    
        <category term="提言" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="/archive03/proposal/">

        <![CDATA[<p style="text-align: center;"><strong><span style="color: #ff0000;"><span style="font-size: x-large;">グローバル金融資本主義の挑戦に<br />協同組合はどう応えるか</span></span></strong></p>
<p><strong><span style="color: #008000;">◆グローバル金融資本主義と2012国際協同組合年</span></strong></p>
<p><span enctype="application/x-www-form-urlencoded" method="get" class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img style="float: left; margin: 0 20px 20px 0;" src="/archive03/proposal/images/prop1210110201.jpg" alt="むらた・たけし　昭和17年福岡県生まれ。京都大学経済学部卒、同大学院経済学研究科博士課程中退。金沢大学教授、九州大学農学部教授、同大学大学院農学研究院教授を経て、平成18年より現職。主著に『農政転換と価格・所得政策』（共著、筑波書房、2000年）など。" width="160" height="193" /></span>　アメリカ金融大手リーマン・ブラザーズの2008年9月15日の破綻が、またたく間に欧米金融機関の信用不安に広がり、株価暴落をともなった世界金融危機は、各国の金融機関への公的資金の投入では収束せず、「100年に一度」といわれる歴史的な世界同時不況となった。そして、この4年間、政府債務が巨額化し、金融機関の信用不安は解消されず、米欧金融当局の度重なる金融緩和による景気刺激も効果が薄く、世界経済は回復の糸口すら見えない状況にある。<br />　この世界同時不況が明らかにしたのは、現代の世界経済がグローバル金融資本主義としての性格を強めたことである。ひとつには、先進国大企業のほとんどが多国籍企業になり、製造業が国境を超えてグローバルに編成されるようになった。<br />　いまひとつは、国際基軸通貨国アメリカの金融資本の主導のもとに世界的な金融自由化が進み、グローバルな資本移動を基本とする国際金融システムが構築された。そして、多国籍企業化した大企業が、国内の労働集約的な生産工程を低賃金の発展途上国に移して逆輸入で競争する戦略を採用したことで、先進国の産業空洞化がひどくなった。つまり、多国籍企業の生き残り競争が、先進国における失業・国民生活破綻、地域経済の疲弊に直結することがあからさまになったのである。<br />　また、新たな国際金融システムの構築は、巨額の貨幣資本の金融市場への滞留と国際金融における投機の横行という金融資本主義の暴走につながった。まさにグローバル金融資本主義の成立が生み出す矛盾がここにあった。<br />　09年12月に国連総会が12年を国際協同組合年と宣言する決議を採択した。これはまさに、このグローバル金融資本主義の暴走を押さえ、世界同時不況から脱出し、社会経済問題を改善するには、世界の協同組合運動の飛躍的発展に依拠せざるをえないという認識が国際社会の共有するところになったということだ。</p>
<p><br /><strong><span style="color: #008000;">◆わが国の協同組合へのグローバル金融資本主義の攻撃</span></strong></p>
<p>　わが国は、グローバル金融資本主義の本拠であって、世界同時不況の発火点となり、大停滞と深刻な財政危機、国際基軸通貨ドルの覇権の大きな揺らぎに直面するアメリカの金融資本・多国籍企業・政府一体の、自国本位で他国に失業などの負担を転嫁させる「近隣窮乏化政策」の圧力下に置かれている。<br />　オバマ政権は、「5年間での輸出倍増」をアメリカ経済回復戦略の要とし、アジア太平洋経済協力（ＡＰＥＣ）規模の自由貿易圏づくりをめざしている。もっかの焦点は、「環太平洋戦略的経済連携協定」（ＴＰＰ）をアメリカ主導で拡大し、日本をそれに巻き込むことで、とくに金融・保険を含むサービスの、アメリカ並みの新自由主義的規制緩和による市場開放を日本に強制することにある。さらなる海外直接投資と外需依存型経済成長の追求をめざす日本の多国籍企業は、このアメリカに追随して、民主党政権に労働法制のさらなる改悪、医療制度や社会保障水準の切下げなどアメリカ基準への構造改革を迫っている。協同組合運動に対しては、農業協同組合の独占禁止法適用除外の廃止や農協の信用事業や共済事業の切り崩し攻撃となっている。<br />　だからこそ、「2012年国際協同組合年全国実行委員会」は、[1]協同組合を今後いっそう発展させるための基本的な理念と原則を明らかにし、[2]政府に対して、協同組合への新自由主義的構造改革攻撃ではなく、協同組合の自治と自立を尊重し、社会経済開発に貢献する協同組合の活動を支援する政府の役割を求める「協同組合憲章・草案」を国民的議論に付しているのである。<br />　農協陣営がＴＰＰへのわが国の参加を阻止する闘いの先頭に立ってきたのは、グローバル金融資本主義の攻撃に真正面から対抗する意味で、2012国際協同組合年にふさわしい。というのも、ＴＰＰはまさにアメリカのグローバル金融資本主義的「近隣窮乏化政策」にわが国を引きずり込もうとするものであり、それとの闘いなしに、わが国が多国籍企業主導の外需依存型経済を脱し、国民生活と農業・中小企業・地域経済の再建への道はありえないからである。<br />　そして、11年3月11日の東日本大震災と東電福島第一原発過酷事故の結果、わが国におけるグローバル金融資本主義に対するいわば「生産点」の闘いとなったのが、電力会社による原子力発電中心の独占的発電・送配電の、再生可能エネルギー生産を取りこんだ多極分散型発電と発送電分離への転換である。これに関しては、内橋克人氏の「ＦＥＣ自給圏」をつくろうという先駆的な提案が想起されるべきである。内橋氏は、「国民の生存権の基本を守る。生存権を脅かす類の国際協定があれば改めさせる。それが先進国の使命である。食（Food）・エネルギー（Energy）・ケア（Care）を自らの社会で確保する『ＦＥＣ自給圏』を形成すべきだ」と主張されてきた。</p>
<p><br /><strong><span style="color: #008000;">◆地球温暖化との闘いの先頭に協同組合</span></strong></p>
<p>　国連の経済社会委員会が、世界同時不況からの脱出、社会経済の改善には、協同組合運動とそれを支援する各国の政策が不可欠だと考えるにいたった背景に、いまひとつ地球温暖化を抑える国際社会の取り組み、とくに1997年の気候変動枠組条約に関する京都議定書（国連主催第3回気候変動枠組条約締約国会議で採択、2011年現在191カ国が批准）とＥＵ指令によって、協同組合によるＥＵ諸国での再生可能エネルギー生産が大きく前進したことがある。<br />　ＥＵは京都議定書の温室効果ガスの5.2％削減という公約を共同で実施することとし、ＥＵ執行機関である欧州委員会が策定したＥＵ指令に基づいて加盟各国の温室効果ガス削減目標の達成を指導した。ＥＵの枠組みの基本は財政措置に関するもので、エネルギー資源に対する税制の統一化を各国に勧告した。ＥＵ燃料税の最低税率制度の適用を鉱油だけでなく、石炭・天然ガス・電力などすべてのエネルギーへの適用に変更したのである。これにドイツなどでは、再生可能エネルギーの固定価格買い取り制をもった「再生可能エネルギー法」の制定があって、農村地域でのエネルギー協同組合づくりが急進展することになったのである（社団法人ＪＣ総研『ヨーロッパの農業協同組合の経験〜チェルノブイリ原発事故から再生可能エネルギー事業の取り組みへ〜』参照）。</p>
<p><br /><strong><span style="color: #008000;">◆ドイツに「エネルギー協同組合」設立運動の波</span></strong></p>
<p><span enctype="application/x-www-form-urlencoded" method="get" class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img style="float: right; margin: 0 0 20px 20px;" src="/archive03/proposal/images/prop1210110203.jpg" alt="「村のお金は村の者に」というスローガンを掲げたライファイゼン・エネルギー組合の立ち上げ" width="246" height="185" /></span>　ドイツでは、あらゆる再生可能エネルギー発電の固定価格買い取り制度を導入した2000年「再生可能エネルギー法」（ＥＥＧ）を契機に、エネルギー生産において再生可能エネルギーへの転換が進み、「エネルギー転換」といわれる時代を迎えている。そして、ドイツで新しく立ちあげられている協同組合の半ばは、農村での再生可能エネルギー協同組合である。新たに設立・登録されたエネルギー協同組合は、バイエルン州など南ドイツを中心に11年末で393組合を数える。<br />　08年に始まる世界同時不況のもとで、農村の再生と関わって新たな展開をみせるようになったのが、脱原発と再生可能エネルギー拡大戦略だといってもよい。エネルギー生産用に農村の土地が提供でき、再生可能エネルギー原料のバイオマス生産が環境保全につながることが注目されたのである。そして、再生可能エネルギーの地域供給をめざす「100％再生可能エネルギー地域」づくり運動が農村を先頭に始まった。「エネルギー生産を遠隔地の大電力会社から地域に取り戻そう」、「エネルギー生産から得られる利益を地域のものにしよう」と、この農村における「100％再生可能エネルギー地域」づくり運動を担う組織として一躍脚光を浴びたのがエネルギー協同組合だったのである。ここに今回のエネルギー協同組合設立運動の意義がある。<br />　ドイツの農村では、こうして地域のエネルギー資源を地域の所得源とし、地域経済循環の再生を図る動きが始まっている。そして、その担い手が、再生可能エネルギー協同組合であり、市民出資・ライファイゼン・バンク融資型のコミュニティ（農村自治体）所有協同組合が誕生しているのである。運動の発起人が農業者同盟であり、マシーネンリンク（農業機械利用仲介組織）、さらにライファイゼン・バンク（農村信用組合）であることが興味深い。農業者を支える協同組織が健在であって、それら協同組織の連携で、エネルギー生産を地域に取戻して地域経済循環を再生させようという動きがドイツ農村に広がっていることに注目したい。</p>
<p>（写真）<br />「村のお金は村の者に」というスローガンを掲げたライファイゼン・エネルギー組合の立ち上げ</p>
<p><br /><strong><span style="color: #008000;">◆再生可能エネルギー事業の展開を</span></strong></p>
<p><span style="color: #008000;"><span enctype="application/x-www-form-urlencoded" method="get" class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img style="float: left; margin: 0 20px 20px 0;" src="/archive03/proposal/images/prop1210110202.jpg" alt="ドイツの畜産経営者の間では、バイオガス発電が広く普及している。" width="260" height="170" /></span>　</span>わが国でも、中国地方の農協にみられるように、戦後農村の電化促進の期待に応えて、小水力発電事業に取り組んできた歴史をもつ。わが国農協陣営がその総合性を発揮して、脱原発と再生可能エネルギーによるふるさと再生に取り組んでほしい。<br />　固定価格買い取り制度をもった再生可能エネルギー法がすでに施行されている。小水力発電、畜産地帯での畜糞活用のバイオガス発電、間伐材等チップのバイオマス熱利用、風力発電、里山・荒廃地での太陽光発電など、それぞれの地域のエネルギー資源を生かした再生可能エネルギー事業の展開の先頭に農協が立つべき時代を迎えている。&nbsp;</p>
<p>（写真）<br />ドイツの畜産経営者の間では、バイオガス発電が広く普及している。</p>
<p><br /><strong><span style="color: #008000;">◆総合農協の総合性をさらに強化</span></strong></p>
<p>　カナダの協同組合運動家Ａ・Ｆ・レイドローは、1980年のＩＣＡ第27回大会（モスクワ）に提出した報告『西暦2000年における協同組合』で、多くの国でめざましい成果をあげている協同組合運動のトップに日本の農協を挙げた。そして、世界の協同組合運動が取り組むべきとした4つの「優先分野」の4番目「協同組合地域社会の建設」では、「日本の総合農協のような総合的な方法がとられなければならない」とし、日本の農協の事業方式を高く評価した。レイドローの遺言ともいえるこの報告での、わが国農協運動への期待を裏切ってはならない。今秋開かれる第26回ＪＡ全国大会がメインテーマとする「次代へつなぐ協同」の実践は、レイドローの期待を裏切らず、総合農協の総合性をさらに強化するという決意を世界の協同組合運動に表明するものであり、だからこそグローバル金融資本主義の挑戦・農協攻撃に対抗するわが国農協の2012国際協同組合年にふさわしい活動だと私は考える。<br />　そして、「地域でおぎないあい、外とつながりあう新たな協同」や「支店を核に、組合員・地域の課題に向き合う協同」には、教育文化活動の充実と強化によって、協同組合の理解促進と組合員組織の活性化が不可欠である。「次代へつなぐ協同」の実践には、近隣の先進農協、とくに教育文化活動の実践に心を砕き女性組合員との協働に成果を上げ、支店活動にも創意を発揮して地域農業振興の明確な計画を確実に実践している農協から学び合うことが、2012国際協同組年の目標であってほしい。</p>
<p><br /><strong>【著者紹介】<br /></strong>むらた・たけし　昭和17年福岡県生まれ。京都大学経済学部卒、同大学院経済学研究科博士課程中退。金沢大学教授、九州大学農学部教授、同大学大学院農学研究院教授を経て、平成18年より現職。主著に『農政転換と価格・所得政策』（共著、筑波書房、2000年）など。</p>]]>
        

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    <title>【提言】　―協同組合の役割を考える―　協同組合人の新たな役割　　経済評論家・内橋克人</title>
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    <published>2012-10-10T08:36:13Z</published>
    <updated>2012-10-12T01:38:49Z</updated>

    <summary>　「国は著しく富めるも、民は甚だしく貧し。げに驚くべきは是等文明国に於ける多数人の貧乏なり」。
　河上肇の著名な『貧乏物語』は、当時、世界最高の富裕国とされたイギリスが、その実、世界にも稀な貧富の「格差大国」であった現実を指弾している。
　首都ロンドンでは、その日の労働を支えるのに必要な食事もままならぬ貧乏人（貧民・細民・最下層民の合計）が労働者総数の43％、人口総数の28％にも達していた・・・</summary>
    
        <category term="提言" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="/archive03/proposal/">

        <![CDATA[<p><strong><span style="color: #008000;">◆「国は富めるも、民は貧し」</span></strong></p>
<p><span enctype="application/x-www-form-urlencoded" class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img style="float: right; margin: 0 0 20px 20px;" src="/archive03/proposal/images/prop1210100201.jpg" alt="経済評論家・内橋克人氏" width="130" height="180" /></span>　「国は著しく富めるも、民は甚だしく貧し。げに驚くべきは是等文明国に於ける多数人の貧乏なり」。<br />　河上肇の著名な『貧乏物語』（<strong>注1</strong>）は、当時、世界最高の富裕国とされたイギリスが、その実、世界にも稀な貧富の「格差大国」であった現実を指弾している。<br />　首都ロンドンでは、その日の労働を支えるのに必要な食事もままならぬ貧乏人（貧民・細民・最下層民の合計）が労働者総数の43％、人口総数の28％にも達していた（<strong>注2</strong>）。<br />　産業革命以降の剥き出しの初期資本主義に抗して、同じイギリス・ランカシャーに「ロッチデール公正開拓者組合」が生まれたのは1844年のことだ。河上の紹介する「超・格差社会イギリス」は、それからさらに半世紀以上、「よりよい社会」をめざすべく歴史を刻んだはずだった。現実は「よりよい社会」からますます遠ざかった。<br />　去年秋、米ＮＹに吹き荒れた「ウォール街を占拠せよ」の舞台・ズコッティ公園でジョセフ・スティグリッツ（米コロンビア大教授、ノーベル経済学賞）が若ものに説いた。<br />　「利益の私物化、損失の社会化。これは資本主義ではない」<br />　世界経済を破綻の闇に連れ込むマネーとその操り手たち。「巨大金融資本（家）は壮大な賭け事に成功すれば、巨大な利益を独り占めにし、失敗して損失が出れば公的支援での救済を要求する。膨大なツケ（帳尻）はいつも弱者に回る」と。いま、アメリカにおいては、平均所得の中位以下の個人所得の合計に相当する巨富を、わずか400人の超富裕者らがわしづかみにしている。<br />　「ロッチデール」から「ズコッティ公園」まで170年。強い者はより強く、大きいものはより大きく―野放しの自由を求めての「強者連合」が「改革」を叫び、「グローバル化」を旗印に掲げる。市井に生きる「呼吸する人間」が恐怖のリスク社会におびき出される。<br />　ワイルドな資本主義と、グローバル化を旗印とするマネー資本主義に対して、私たち個人は、いまも素手で立ち向かうほか有効な対抗手段を獲ちとっていない。</p>
<p><br /><strong><span style="color: #008000;">◆深まる「不安社会」の様相</span></strong></p>
<p>　新たな世紀を迎えて10年余、暗い森のなかで日本人は途方に暮れている。<br />自然災害だけではない。市井に生きる人びとの細やかな日常性は脅かされ、「不安社会」の様相は深まった。勤労の正当な報酬、社会の安全、老後のあんしん、細やかな日常性、それらすべてが手荒な市場原理主義の荒野に引きずり出されて久しい。<br />　最新の「国民生活基礎調査」（<strong>注3</strong>）が暴く。「生活が苦しい」が全体の62％に。子どもがいる世帯では70％に。雇用者総数5111万人のうち、十全たる社会保障から排除された非正社員が1755万人に。預貯金など金融資産ゼロ世帯29％。単身世帯では40％以上に（<strong>注4</strong>）。「貧困マジョリティ（貧困多数派）」生成の時代へと、私たちの社会は、間違いなく突進している。求める「あんしん社会」はいよいよ遠い。<br />　いま、あらためて「貧困の撲滅」を掲げる国連は、第一に「行き過ぎた市場原理主義の制御」、第二に「グローバル化がもたらす恩恵・対価が極めて不平等に配分される現実の是正。先進国での&ldquo;内なる貧困&rdquo;の解決」、第三に「経済安定・成長の新たな経済モデルが必要」と訴える。「ミレニアム宣言」（<strong>注5</strong>）の再確認を迫られてのことだ。<br />　こうして設定された「2012国際協同組合年」への必然を私たちは自らのものとしなければならない。すべての協同組合人に求められているのは、ここに至る資本主義の歴史と、「日本社会のいま」を自らの胸底深く刻み込み、沈思の末に「一人ひとりの思想性」を絞り出すほかにない。<br />　「社会転換」の方向性さえ明らかにすることなく、「協同組合がよりよい社会を築きます」と、いく度、唱えようと無力に終わるだろう。ここに一端を示したに過ぎない歴史的背景、現代社会の苛烈な構造、その両軸を見透す。余言を重ねるまでもない事柄に違いない。</p>
<p><br /><strong><span style="color: #008000;">◆「共生セクター」を担う「使命共同体」が協同組合</span></strong></p>
<p>　第２次大戦後、ホンの短期間、イギリスはじめ少なからぬ国で「福祉社会」は現実のものとなった。だが、冷戦構造の崩壊とともに、「秩序形成者」からの「譲歩」はアッけなく召し上げられた。福祉社会解体に至る過程をたどり直すことを協同組合人に薦める（<strong>注6</strong>）。<br />　ドイツの社会学者Ｆ・テンニース（<strong>注7</strong>）の社会発展説には、しばしばゲマイン・シャフト、ゲゼル・シャフトが登場する。日本では多く前者を「地縁共同体」、後者は「利益共同体」と呼ぶ。私はこの２つの「共同体」を超える「第三の共同体」があると考え、「使命（ミッション）を同じくする人びとの共同体」を指して「使命共同体」と呼んできた。<br />　協同組合こそは最適の「使命共同体」モデルである。使命共同体が達成すべき至高の課題、それは以上に述べた構造そのものの変革、すなわち真の「社会転換」のほかにない。<br />　かつて小泉構造改革の時代、さる閣僚は「格差ある社会は活力ある社会」と雄叫びをあげた。労働の解体を進め、非正規雇用を増やせば、「グローバルズ」（日本型多国籍企業）の国際競争力が増す、と。他方で、列島に固着して生きるほかない農業、地域商店街、中小・零細企業、地場産業、何よりも私たち呼吸する人間、すなわち「ローカルズ」は不安社会のただなかに置き去りにされた。新自由主義、市場原理一辺倒の「不安社会」へと連れ込まれた歴史を、いま「正気」で否定できるものはいないはずだ。<br />　彼らは、日本のコメは高いではないか、と地方の生産者と都市の消費者を分断して対立させ、過剰な競争を煽った。その隙間に利益獲得のチャンスを置く。「規制緩和とグローバル化追随」万能論の延長上に、いまＴＰＰ（環太平洋戦略的経済連携協定）がある。分断、対立、競争が原理の「競争セクター」が日本社会を乗っ取る。「不安社会」の由来である。</p>
<p><br /><strong><span style="color: #008000;">◆人が人らしく生きられる社会へ</span></strong></p>
<p><span enctype="application/x-www-form-urlencoded" class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img style="float: left; margin: 0 20px 20px 0;" src="/archive03/proposal/images/prop1210100202.jpg" alt="地元の保育園児や小学生と一緒にそばやひまわりを植えた神門地区農地と水と環境を守る会はその花の鑑賞会を９月末に開いた。鑑賞会後、地元そば粉で手打ちしたそばに子どもたちは大喜びした（ＪＡいずもＨＰから）" width="260" height="174" /></span>　「競争セクター」追随でなく、参加、連帯、共生を原理とする「共生セクター」の足腰を強くする。「あんしん社会」を取り戻すには、新たな地域コミュニティを立ち上げねばならない。かねて私が呼びかけてきた「ＦＥＣ自給圏の形成」（Ｆ＝食・農、Ｅ＝自然・再生可能エネルギー、Ｃ＝介護、医療、福祉を一定地域内で自給）が地域主権を実あるものとするだろう。運動性と事業性を両立可能な協同組合。それら協同組合間の連携が「共生セクター」を立ち上げる。被災地を含む幾多の実践例が全国各地につづいている。<br />　「使命共同体」を担う協同組合と協同組合人が「あんしん社会」を創る。「人が人らしく生きられる社会」への道案内人に、いま私たちは最後の希望を託している。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>（写真）<br />　地元の保育園児や小学生と一緒にそばやひまわりを植えた神門地区農地と水と環境を守る会はその花の鑑賞会を９月末に開いた。鑑賞会後、地元そば粉で手打ちしたそばに子どもたちは大喜びした（ＪＡいずもＨＰから）</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><strong>注1</strong>　1916年＝大正5年＝大阪朝日新聞に連載開始された。単行本は岩波文庫だけで40万冊を超えるベストセラーとなったが、後に自ら絶版とし、13年後、改めて『第二貧乏物語』を世に問うた。<br /><strong>注2</strong>　1899年＝ボウレイ、ハースト2人の共同調査によって明らかにされた。<br /><strong>注3</strong>　今年7月発表。2011年6〜7月調査。被災3県を除いた全国44都道府県の4万6千世帯が対象。「生活が苦しい」と答えたものは、1986年の調査開始以来、過去最高を記録した。<br /><strong>注4</strong>　金融広報中央委員会「家計の資産保有額調査」。今年2月発表。<br /><strong>注5</strong>　1999年9月、国連本部において開かれた「国連ミレニアム・サミット」で21世紀に向けての国連の決意（8項目にわたる）が発せられた。2010年9月、国連は改めて同宣言にうたった「貧困の撲滅」を繰り返さざるを得なくなった。「2012国際協同組合年」の背景事情である。<br /><strong>注6</strong> 　イギリス福祉社会の象徴、ＮＨＳの解体がどのように進められたか。宇沢弘文・内橋克人対談集『始まっている未来』（岩波書店）に詳しい。<br /><strong>注7</strong> 　ドイツの社会学者、Ｆ・テンニース・キール大教授（1855―1936）の主著『ゲマイン・シャフトとゲゼル・シャフト』。前者は「本質意思」を、後者は「選択的意思」を結合原理とする。因みに利益追求の株式会社は「利益共同体」。テンニースは協同組合運動に積極参加し、台頭するナチスに抵抗、キール大名誉教授の座を追われた。</p>]]>
        

    </content>
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    <title>【提言】日本社会における協同組合の果たしてきた役割　　北海道大学名誉教授・太田原高昭</title>
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    <published>2012-10-05T08:51:31Z</published>
    <updated>2012-10-05T08:54:55Z</updated>

    <summary>　今年は国際協同組合年であり、あらためて協同組合の存在理由や実績が問われている。わが国ではだいぶ前から農協批判が盛んであり、最近では総合農協を解体して欧米並みの専門農協にしなさいというところに論点が絞られてきているようにみえる。
　こうした主張が「この国のかたち」をアメリカ好みに変えようとするＴＰＰがらみの策謀であることも次第に明らかになってきているが、意外に同調する人がいるのは、協同組合のルーツについての理解とも関係しているので、迂遠でもその点からみていきたい。</summary>
    
        <category term="提言" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="/archive03/proposal/">

        <![CDATA[<p style="text-align: center;"><strong><span style="font-size: x-large;"><span style="color: #cd3270;">日本型総合農協のあゆみと実績</span></span></strong></p>
<p><br /><strong><span style="color: #008000;">◆協同組合のルーツ</span></strong></p>
<p><span enctype="application/x-www-form-urlencoded" class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img style="float: right; margin: 0 0 20px 20px;" src="/archive03/proposal/images/prop1210050401.jpg" alt="北海道大学名誉教授・太田原高昭" width="130" height="182" /></span>　今年は国際協同組合年であり、あらためて協同組合の存在理由や実績が問われている。わが国ではだいぶ前から農協批判が盛んであり、最近では総合農協を解体して欧米並みの専門農協にしなさいというところに論点が絞られてきているようにみえる。<br />　こうした主張が「この国のかたち」をアメリカ好みに変えようとするＴＰＰがらみの策謀であることも次第に明らかになってきているが、意外に同調する人がいるのは、協同組合のルーツについての理解とも関係しているので、迂遠でもその点からみていきたい。<br />　協同組合のルーツについては、ロバート・オウエンやロッチデール組合などを元祖としてイギリスに発生し、それが世界に広がったという一元論がこれまでの理解だった。これでいくと農協についてもヨーロッパの専門農協が本来のすがたであり、日本型総合農協は進化の遅れた亜流だということになる。研究者にもそういう見方がかなり強い。<br />　しかし1980年のレイドロウ報告いらいの歴史研究の深まりによって、現在では国際協同組合連盟（ＩＣＡ）も複数のルーツを認める多元論を採用している。内橋克人氏の言われるように「協同組合は人々の必要によって世界各地に生まれた」のである。<br /><span enctype="application/x-www-form-urlencoded" class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img style="float: left; margin: 0 20px 20px 0;" src="/archive03/proposal/images/prop1210050402.jpg" alt="ＩＣＡ第27回モスクワ大会が開かれたコスモスホテル" width="240" height="169" /></span>　大原幽学の先祖株組合や二宮尊徳の仕法は、時間的にロッチデール組合に先行しているだけでなく、自由意志による参加、「心田開発」の主体形成、「いもこじ」による民主的合意形成など、自立した個人に立脚する協同組合としての要件をすでに備えていた。<br />　明治になってからも、ドイツの信用組合法を下敷きにした産業組合法が施行される以前に、生糸や製茶の先進地では輸出商人の買い叩きに対抗する加工販売組合が叢生していたし、多くの信用組合が報徳社を基盤として結成されたことも歴史的事実である。<br />　協同組合とその思想を輸入品や外来思想とみて、それを本家に近づけるのが進歩だとする思い込みから脱却し、わが国における内発性や必然性を重視することによって、農協のあり方についても確固とした信念をもつことができるのではなかろうか。</p>
<p>（写真）<br />ＩＣＡ第27回モスクワ大会が開かれたコスモスホテル</p>
<p><br /><strong><span style="color: #008000;">◆総合農協の必然性</span></strong></p>
<p>　わが国において専門農協か総合農協かという問題が生じたのは今回が初めてではない。そもそも戦前の産業組合法自体が、信用組合、販売組合、購買組合、利用組合のいずれか一つ、またはいくつかを選んで設置するようになっていた。いわば事業別専門組合の組み合わせとして産業組合が構想されていたのである。<br />　しかし実際の組合は専門化ではなく総合化の方向に向かった。産業組合が大発展するのは昭和恐慌の時期からだが、「四種兼営・全戸加入・未設置町村の解消」をスローガンとしたこの時期に、現在の総合農協の原型ができる。<br />　この形が上からの統制に便利だったからという見方もあるが、自給的農業を基礎に共同体的集落を形成してきた日本農民の営農と生活のあり方が、顔のみえる範囲内で何でも用の足りる総合組合を必要としていたことがより規定的であろう。産業組合法をつくった官僚の頭にあったヨーロッパ的な専門志向を日本的現実が修正したといえよう。<br />　戦後の農協法の制定に際してもこのことが重大な論点となった。占領軍、ＧＨＱは経済民主化の必須条件として協同組合政策を重視したが、農協については当然のように欧米型の専門方式を構想していた。農林省はそれが日本の現実に合わないとして抵抗し、８次案にも及ぶやりとりがあった末に総合農協方式で決着したという経過があった。<br />　農地改革以上に調整が困難だったというこの問題で、専門農協しか知らないという意味で根っからの専門主義者だったＧＨＱが妥協せざるを得なかったことは重要である。ヨーロッパの専門農協は、独立自営農民200年の歴史をふまえその一定の経営的地域的分化を前提に成立したものであるが、農地改革当時のわが国にはそうした前提がなかったのだ。 総合農協を解体して「信・共専門農協」などに再編せよと主張し、総合農協制度の採用を「戦後農政最大の失敗だった」などと言う元農水官僚がいるが、こうした歴史を無視することは、ＧＨＱとわたりあった農林省の先人たちの努力を冒涜するものであろう。</p>
<p><br /><strong><span style="color: #008000;">◆共同体と総合農協</span></strong></p>
<p>　このような総合農協の内発性、あるいは表現は適切でないが土着性は、農村における共同体的諸関係の伝統と結びついている。共同体的諸関係というと、かつては封建制の代名詞のように否定的にみられたが、そういう時代はずっと以前に終わっている。<br />　現代において共同体的関係と言われるものは、水田農業に欠かせない水利機構や共同作業、集落や地域社会の近隣共助や相互扶助など、農村社会での営農と生活を維持するうえでむしろ積極的な意義をもつ諸機能が、近代化のふるいにかけられて残ったものといえよう。そしてこのような諸機能を、協同組合という近代的組織にうまく組み込むための最適の組織形態が総合農協であったと考えられる。<br />　このような特性をもつ総合農協は、戦後日本の複雑多岐な農業情勢にきわめて柔軟に対応してきた。基本法農政下の主産地形成の担い手として、総合農協よりも専門農協の方が優れているのではないかという議論がなされたことがあったが、総合農協も成長農産物の量的面的拡大にみごとに対応し、専門農協に負けない産地形成の実績を挙げてきた。<br />　総合農政下の主要な課題であった生産調整は、もともと市町村行政が責任をもつものとされたが、間もなく行政は農協に丸投げするようになる。耕地や水利が複雑に入り組んだなかでの減反や転作の実施を最終的に調整できるのは集落だけであり、その集落機能を農事実行組合を通じて掌握しているのが全員加盟の総合農協だからである。この頃から行政は集落を意識するようになり、共同体機能の再評価が始まる。<br />　国際化農政と言われるウルグアイ・ラウンド以降の市場開放政策によって、日本農業は厳しい状況に追い込まれ、全国的に農家、農業労働力の減少と高齢化が続いているが、個別農家によっては担いきれなくなった地域農業の担い手として「集落営農」という新たなかたちが注目されるようになった。<br />　集落営農は、品目横断的経営安定対策など農政の受け皿として位置づけられているが、もともとは集落内部から自主的、創意的に形成され、それを農協が育て上げたものである。このような地域ぐるみのソフト事業こそ総合農協が最も得意とする分野なのである。</p>
<p><br /><strong><span style="color: #008000;">◆日本大震災の教訓</span></strong></p>
<p>　東日本大震災以降、日本人の価値観が変わってきたといわれる。競争原理的な人と人の関係に代わって、助け合いや絆という共同体的人間関係が重視されるようになってきた。まさに協同組合の出番であるが、こうした価値観の転換には大震災の被害にすばやく対応した農協や生協の活動実績もおおいに貢献しているように思われる。<br />　とりわけ被災地の農協の不眠不休の活動は高く評価されている。当初各地の避難所は農協女性部の炊き出しで維持されており、それに必要な米や野菜は周辺の農家の拠出でまかなわれていた。行政の活動も、被災者を組合員、準組合員として組織している農協や漁協の情報に頼ることが多かったという。<br />　その後の生産活動の回復、風評被害と闘いながらの販路の回復、政府や電力会社を相手取った復興のための諸要求など、取り組むべき課題はまさに総合的なものであり、地域ごとに全農家が加入する総合農協でなければ対応できないことばかりである。あらためて地域に農協があってよかった、総合農協でよかったという声が聞かれるようになった。<br />　復興に欠かせない仕組みとして保険、共済制度があるが、地震や津波の自然災害に際しては、かねてからＪＡ共済の加入者本位の仕組みが注目されてきた。今回の被害に対してもＪＡ共済の保障実績は一般の保険会社にくらべて圧倒的である。この共済の優位性を抹消するのがＴＰＰのねらいの一つとされるが、そこにもＴＰＰの反国民性が示されている。<br /><span enctype="application/x-www-form-urlencoded" class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img style="float: right; margin: 0 0 20px 20px;" src="/archive03/proposal/images/prop1210050403.jpg" alt="津波被害にあった岩手県釜石市鵜住居地区" width="240" height="160" /></span>　大震災からの復興についても大資本を導入して大規模農業や漁業を作り出す絶好のチャンスという人がいるが、こうした発想そのものがいま反省されているのだということを知らなければならない。荒涼とした無機的な新自由主義的風潮に代わって、人と人との絆を大切にする協同の精神がこれからの日本を支えなければならないが、それだけではない。<br />　地球はやがて人口90億時代を迎えるといわれている。これに対処するには最も人口が増加しているアジア、アフリカでの農業生産力と農協の発展がどうしても必要となる。国際協同組合年にはそうした問題意識も込められているが、これらの地域に適合的なのはおそらく欧米型専門農協ではなく、日本型総合農協であろう。こうした視角から世界をみつめ積極的に国際貢献していくことが必要になっている。</p>
<p>（写真）<br />津波被害にあった岩手県釜石市鵜住居地区</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><strong>【略歴】</strong><br />（おおたはら・たかあき）<br />昭和14年福島県生まれ。38年北海道大学農学部卒業。43年同大学大学院農学研究科単位取得。同年北星学園大学経済学部、46年北海道大学農学部に勤務。52年同大学助教授、平成２年教授。７年日本協同組合学会会長。10年日本農業経済学会会長、11年より北海道大学大学院農学研究科長、農学部長、15年退職。農学博士。</p>]]>
        

    </content>
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    <title>【提言】地域と命と暮らしを守るために 次代へつなぐ協同を　　ＪＣ総研 研究所長・東京大学教授　鈴木宣弘</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="/archive03/proposal/proposal/2012/proposal121004-18055.html" />
    <id>tag:www.jacom.or.jp,2012:/proposal//9.18055</id>

    <published>2012-10-04T06:45:10Z</published>
    <updated>2012-10-11T02:50:20Z</updated>

    <summary>　幕末に日本に来た西洋人が、質素ながらも地域の人々が支え合いながら暮らす日本社会に「豊かさ」を感じたように、もともと我々は、貧富を問わず、またハンディのある人も、分け隔てなく共存して助け合って暮らしていける「ぬくもりある」地域社会を目指してきた。
　横暴な市場競争にゆだねるだけでは、ぬくもりある社会が崩れていくから、その限界を修正し、支え合える地域社会を維持するために、様々な制度や組織がある。農協組織もまさにそうである。</summary>
    
        <category term="提言" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="/archive03/proposal/">

        <![CDATA[<p style="text-align: center;"><strong><span style="font-size: x-large; color: #b15c4e;"><span enctype="application/x-www-form-urlencoded" method="get" class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"></span>農業協同組合人として生きる</span></strong></p>
<p style="text-align: center;"><strong><span style="font-size: x-large; color: #b15c4e;"><span enctype="application/x-www-form-urlencoded" method="get" class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"></span></span></strong></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #008000;"><strong>◆相互扶助制度や組織こそがこれからの日本を守る</strong></span></p>
<p><span enctype="application/x-www-form-urlencoded" method="get" class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img style="float: left; margin: 0 20px 20px 0;" src="/archive03/proposal/images/prop1210041402.jpg" alt="ＪＣ総研 研究所長・東京大学教授　鈴木宣弘" width="110" height="142" /></span>　幕末に日本に来た西洋人が、質素ながらも地域の人々が支え合いながら暮らす日本社会に「豊かさ」を感じたように、もともと我々は、貧富を問わず、またハンディのある人も、分け隔てなく共存して助け合って暮らしていける「ぬくもりある」地域社会を目指してきた。<br />　横暴な市場競争にゆだねるだけでは、ぬくもりある社会が崩れていくから、その限界を修正し、支え合える地域社会を維持するために、様々な制度や組織がある。農協組織もまさにそうである。<br />　しかし、貿易自由化や規制緩和によって、利益を拡大しようとする大企業などにとっては、人々が相互に助け合い、支え合う社会を形成するための制度・組織はじゃまである。特に、農産物自由化の見返りに利益を得ようとする人々が、従来から、農業や農協を「悪者」に仕立て上げようと、歪められた世論形成を展開してきた。<br />　その動きは、ＴＰＰ（環太平洋連携協定）の交渉参加をめぐって、強化されつつある。そうした人々は、一部マスコミも一緒になって、情報を操作し、国民を欺いて、自分たちの利益を増やそうと手段を選ばない。真実を語ろうとする者を潰し、助け合う社会を守ろうとする制度や組織を執拗に攻撃する。<br />　つまり、裏返せば、実は、いまマスコミで批判されている相互扶助のための制度や組織こそが、これからの日本を守るのだということを認識すべきである。農協組織もそのことを強く認識し、へこたれることなく戦うべきである。</p>
<p><br /><strong><span style="color: #008000;">◆真の姿を自らが伝える</span></strong></p>
<p>　ＴＰＰをめぐる議論では、農業関係者が農業の理解を求めようとすると、逆に批判の対象になるので、できるだけ「他分野も大きな打撃を受ける」という農業以外の話をしようとする動きもある。それも大事だが、農村現場の最先端で努力している人々が、自分たちの生産物の価値、農がそこにある価値について、「最前線で日々努力している自分たちが真の姿を伝えなくて誰が伝えるのか」という想いで、地域住民、国民と正しい理解を共有しなくてはならないときである。<br />　これまで、我々は、残念ながら、意図的に歪められた世論形成に押されて、農業・農村で踏ん張って、地域と日本の食とコミュニティを支えている人々の真の姿を伝え切れていないことを、農家、農協、行政、研究者も含めて、関係者の共同責任として反省し、いまこそ、流れを転換しなくてはならない。</p>
<p><br /><strong><span style="color: #008000;">◆農協の役割を見つめ直そう</span></strong></p>
<p>　農協が拠って立つ農村現場を見つめ直してみると、農業所得の低迷は長期化し、経営環境は悪化している。例えば、最近の稲作経営では、0.5ha未満層は、所得がマイナス、つまり、稲作収入で支払経費をまかなえない状況であるが、飯米農家を含めると、この階層のコメ生産に占めるシェアは18％もあるというのが、農林水産省の推計である。同じく所得がマイナスの0.5〜1ha層の生産シェアは23％もある。1〜2ha層は19％、2〜3ha層は8％を占めるが、これらの階層も他産業並みの所得は得られない、つまり、企業的には赤字経営の状態である。これらを足すと、生産量で約70％に及ぶ経営が赤字である。<br />　しかも、食料関連産業の生産額規模は1980年の48兆円から2005年の74兆円に拡大している中で、農家の取り分は12兆円から9兆円に減少し、農業段階の取り分シェアは26％から13％に落ち込んできている。その分、加工・流通・小売、特に小売段階の取り分が増加してきていることが農林水産省の試算で示されている。このことから、特に最近の小売段階の取引交渉力が相対的に強すぎることが、いわゆる「買いたたき」現象を招き、農家の取り分が圧縮されている可能性が懸念される。<br />　そもそも、なぜ、農協には独占禁止法の適用除外が認められているのか。それは、個々の農家の販売力、取引交渉力が、農産物の買い手である卸売業者、加工業者、小売業者等に対して相対的に弱いので、不当な「買いたたき」に合わないように、組織的な共同販売（共販）を認め、それにより「集中度」（農協による販売シェア）が高まることを認めることで、対等な取引交渉力、ガルブレイス（1908―2006、ハーバード大学名誉教授）の言う「カウンタベイリング・パワー」（拮抗力）の形成を促す意図に基づいている。まさに、そもそも、農協設立の大きな目的の一つはこの拮抗力形成にあった。価格形成力を強化し、努力に見合った農業所得を確保する農協の使命を肝に銘じるときである。</p>
<p><br /><strong><span style="color: #008000;">◆誰のために頑張るのか</span></strong></p>
<p>　いまから100年も前に、「農学栄えて農業滅ぶ」と警鐘を鳴らしたのは、「農学の祖」と呼ばれる横井時敬先生（1860〜1927年）であったが、この言葉は、いつ聞いても身につまされる。しかし、非常に畏れ多いことではあるが、よく考えてみると、この言葉はおかしい。なぜなら、農業が滅んだら、農学も滅ぶからである。農業が滅んで農学だけが栄えることはできない。つまり、横井先生の警句の先には、「農業滅んで農学滅ぶ」（鈴木宣弘作）が待っていることこそを我々は肝に銘じなくてはならない。<br />　これは、何も、大学の農学部にかぎったことではない。私は、しばしば、「組織が組織のために働いたら組織は潰れ、拠って立つ人々のために働いてこそ組織は持続できる」ということを、いろいろな場で申し上げている。どんな組織も、目先の組織防衛ではなく、現場で努力している人々が長期的に発展できるかどうかが、組織の将来も左右することを忘れてはならない。農協も同じで、「農業滅んで農協滅ぶ」となる。<br />　また、農産物を安く買いたたいて儲かっていると思っている企業や消費者がいたら、これも間違いである。それによって、国民の食料を生産してくれる産業が疲弊し、縮小してしまったら、結局、みんなが成り立たなくなる。<br />　日本では、自己や組織の目先の利益、保身、責任逃れが「行動原理」のキーワードにみえることが多いが、それは日本全体が泥船に乗って沈んでいくことなのだということを、いま一度、肝に銘じるときではないかと、自戒の念を込めて思うのである。<br />　とりわけ、組織のリーダー格の立場にある方々は、よほど若い人は別にして、それなりの年齢に達しているのであるから、残された自身の生涯を、拠って立つ人々のために我が身を犠牲にする気概を持って、全責任を自らが背負う覚悟を明確に表明し、実行されてはいかがだろうか。それこそが、実は、自らも含めて、社会全体を救うのではないかと思う。いくつになっても、責任回避と保身ばかりを考え、見返りを求めて生きていく人生は楽しいだろうか。農家の皆さんが困っているときは、「農協が何とかするから大丈夫だ」と言える農協でありたい。<br />　農業協同組合こそが、まさに、地域コミュニティの支柱として、地域の農業と、それを核にした地域住民の生活全体を支える地域協同組合としての役割を、今までも果たしてきたし、さらに、将来に向けて、そうした役割を今こそ強化し、大震災においても見直された「絆」を大事にする日本人の本来の生き方を取り戻し、日本の地域の再生に寄与する中心的存在となることが求められ、期待されている。<br />　農業協同組合の活動に対するメディアなどの意図的な批判も多く、一般の方々からも、そうした報道の受け売り的な批判を含め、農業協同組合組織に対するネガティブな意見を耳にすることが非常に多くなってきているのも、残念ながら事実である。<br />　こうした批判を払拭するためには、揺るぎない実績の強化によって、農家のみなさんと地域住民の信頼をさらに強固なものにし、国民全体に納得してもらうことが急がれている。</p>]]>
        

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    <title>【提言】「国破れて山河あり」 ＴＰＰの高すぎる代償  経済評論家・内橋克人氏</title>
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    <published>2012-07-17T09:16:54Z</published>
    <updated>2012-07-17T09:46:37Z</updated>

    <summary>　日本でアメリカ製自動車が売れないのは、日本市場の不公正な障壁のせいだ、とアメリカは主張します。ＴＰＰ（「環太平洋戦略的経済連携協定」が正しい）への参加交渉入りを渇望する野田政権に、まずアメリカ政府は自動車、牛肉、保険の３領域で「競争ルールを公正にせよ」と迫ってきました。公正な競争ルールとは何でしょうか。</summary>
    
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        <![CDATA[<p><strong><span style="color: #008000;">◆車の関税障壁なくても「不公正」と主張</span></strong></p>
<p><span enctype="application/x-www-form-urlencoded" class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img style="float: right; margin: 0 0 20px 20px;" src="/archive03/proposal/images/prop1207100101.jpg" alt="経済評論家　内橋克人氏" width="130" height="174" /></span>　日本でアメリカ製自動車が売れないのは、日本市場の不公正な障壁のせいだ、とアメリカは主張します。ＴＰＰ（「環太平洋戦略的経済連携協定」が正しい）への参加交渉入りを渇望する野田政権に、まずアメリカ政府は自動車、牛肉、保険の３領域で「競争ルールを公正にせよ」と迫ってきました。公正な競争ルールとは何でしょうか。<br />　自動車についていえば、すでに日本市場の輸入関税は０〜2.5％です、関税障壁はありません。日本車のシェアが高いのは、日本の消費者が日本製自動車を選択するからです。ところが、アメリカは「日本市場でアメリカ車が売れない」現実そのものが「不公正」と主張します。異国日本の「左側通行」ルールさえ「非関税障壁」の一つ、と糾弾されかねない雲行きになっています。</p>
<p><br /><strong><span style="color: #008000;">◆米国への忠誠心競い合う日本</span></strong></p>
<p>　その昔、日米構造障壁問題協議の際も同じ論法でした。たとえばフィルム。アメリカ製コダック・フィルムが日本市場で売れないのは、富士、コニカ２社の国産フィルムが輸入品を差別的に排除しているせいだ、と。性能のよいアメリカ製品がシェアを伸ばせないのは日本市場が閉鎖的だから、に決まっていると。<br />　そのコダック社がつい最近、経営破綻に陥ったこと、周知のところです。他国に市場開放を要求するアメリカの「大義」は、過去も現在も、そして将来も、いつの時代も「かくの如し」であり続けるでしょう。<br />　アメリカの無理無体に、日本政府は毅然と対応するのか、というと、悲しいことにその勇気の片鱗すら伺えません。<br />　牛肉輸入ではアメリカの意に添うべく、はやばやと厚労省が「輸入を認める米国産牛肉」の条件を、アメリカの要求通り、従来の「20カ月齢以下」から「30カ月齢以下」へと規制緩和すべく食品安全委に諮問しました。アメリカへの忠誠心を競い合うのに懸命の日本ですが、そのアメリカでこの４月、またまたＢＳＥ（牛海綿状脳症）感染牛が報告されたばかりです。ＢＳＥの病原体とされるプリオンの正体さえいまだ謎のまま、というのに。</p>
<p><br /><strong><span style="color: #008000;">◆足蹴にされる日本の「公正」</span></strong></p>
<p>　３番目の保険についても全く同じ。<br /><span enctype="application/x-www-form-urlencoded" class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img style="float: left; margin: 0 20px 20px 0;" src="/archive03/proposal/images/prop1207100102.jpg" alt="足蹴にされる日本の「公正」" width="240" height="157" /></span>　いま、日本での「がん保険」のシェアはアメリカ系外資のアメリカン・ファミリー生命保険（アフラック）が70％以上の圧倒的シェアを抑えています。この高い占拠率を維持するため、彼らが最も警戒していたのが日本郵政傘下のかんぽ生命保険の新規参入でした。この４月の「郵政民営化見直し法」の成立で、かんぽ生命は国の認可がなくても自由に新規事業を始めることができるようになったからです。<br />　案の定、自由になったはずのかんぽ生命保険は、まさに、はやばやと「がん保険には参入しません」と表明し、アフラックを喜ばせました。アフラックの会長こそ元ＵＳＴＲ（米通商代表部）日本部長のチャールズ・レイク氏その人です。<br />　私たち日本人にとっての「公正」は足蹴にされ、選択肢は狭められる。高すぎる代償ではないでしょうか。</p>
<p><br /><strong><span style="color: #008000;">◆輸入材が72％もある森林大国・日本</span></strong></p>
<p><span enctype="application/x-www-form-urlencoded" class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img style="float: right; margin: 0 0 20px 20px;" src="/archive03/proposal/images/prop1207100103.jpg" alt="輸入材が72％もある森林大国・日本" width="240" height="180" /></span>　先進国で日本はフィンランドに次ぐ世界第２位の「森林大国」です。その国で年間に使われる国産材の割合は28％（一時は19％）。遠く海外からの輸入材が72％も占めています。森林大国すなわち木材輸入大国。森林荒廃が土砂災害の犠牲をふやし、緑の社会資本はやせ細るばかりです。<br />　決定的誘因となったのが、1989年の「スーパー301条」の対日発動にあったこと、その狙いはアメリカ建築基準「ツーバイフォー」（２&times;４）の普遍化にあったこと、いまではよく知られた事実です。すでに関税ゼロで打撃を受けていた林業界の窮地を決定的なものにしてしまいました。<br />　第1位の森林大国フィンランドが決して許そうとしなかった割譲です。森林大国を守る意思が育てたもの、それが教育大国フィンランドの今日だったのです。<br />　「国破れて山河あり」と叫んだあの日はもう遠い過去になってしまったのでしょうか。</p>]]>
        

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    <title>【提言】相互扶助発揮のＪＡグループ　　農政ジャーナリスト・鈴木俊彦氏</title>
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    <published>2011-11-15T08:40:30Z</published>
    <updated>2011-11-15T08:43:51Z</updated>

    <summary>　東日本大震災は被災地への救援活動を通じて、ＪＡグループは協同組合本来の使命について確認を深め、日常業務の重要性を再確認することができた。
　震災発生後、ＪＡグループは、いち早く大震災復興・再建対策中央本部を立ち上げ、以下の対策を柱に据えた。</summary>
    
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    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="/archive03/proposal/">

        <![CDATA[<p style="text-align: center;"><strong><span style="font-size: x-large;"><span style="color: #99cc00;">再認識したい資本増強の重要性</span></span></strong></p>
<p>　東日本大震災は被災地への救援活動を通じて、ＪＡグループは協同組合本来の使命について確認を深め、日常業務の重要性を再確認することができた。<br />　震災発生後、ＪＡグループは、いち早く大震災復興・再建対策中央本部を立ち上げ、以下の対策を柱に据えた。（１）農地基盤再生対策（２）電子力発電所災害対策（３）被災農家の再建（４）被災農家・農地への税制特例（５）ＪＡ経営の再建対策と税制特例の実施――の５つの柱である。<br />　早急の救助活動としては、まず被災地への食料や飲料など支援物資供給からスタートし、被災地近隣のＪＡでは被災直後から炊き出しに全力を注いだ。さらに全国規模の募金運動を役職員あげて手早く展開した。<br />　さし当たりＪＡ全農は、船舶で救援物資を大量に輸送し、被災地ＪＡへ飼料、Ａ重油等の生産資材の補給を敏速に行った。同時に手早く生産・生活資材等、購買品の支払期限延長の措置をとった。<br />　ＪＡ共済連は、建物更生共済・生命総合共済合わせて7780億円の共済金支払いを決めた。日常から不時の災害に備えるＪＡ共済の力の見せ所である。共済金の支払い担保力については、建更は再保険の回収見込額と異常危険準備金の取崩しにより、十分支払い対応ができる。また生命総合共済金の支払い見積もり額については異常危険準備金取崩しの必要なく対応が可能である。今回の被害状況は22都道府県で30万棟に達したが、阪神大震災の６倍に当たる共済金の支払いには十分対応できた。<br />　ＪＡバンク系統も3000億円規模の緊急つなぎ資金を用意し、さらに４年間で総額１兆円規模の復興支援プログラムを中長期的支援策として打ち出した。このための対策要員として全国100人規模の職員を任命している。さし当たり被災農家への緊急つなぎ資金を無利子とするよう利子補給の体制も組んでいる。<br />　農林中金としては、長期低利融資の枠組みを設け、第一次産業の再興を積極的に支援する。また農業法人などへの出資と金融支援を通じ、地域の担い手育成・強化にも取り組む。さらに壊滅的な被害を受けた農漁協店舗の建替え費用やＡＴＭ導入費用への助成など、経営支援への目配りも十分だ。<br />　法的措置としては、農漁協信用事業再編強化法（ＪＡバンク法）改正により、被災で経営悪化が見込まれる農漁協に対し、予防的な資本注入を目的とする財務基盤強化の手も打っている。また融資の焦げ付きなどで経営悪化の農漁協に「農水産業協同組合貯金保険機構」から資金を注入できる道も開いた。<br />　原発事故による風評被害の補償については、ＪＡグループは企業法務の手腕で高名な久保利英明弁護士（東大法卒）を代理人に指名することができた。ＪＡサイドとしては東京電力との賠償交渉について強力なスタンスを組み、東電にとっては最大の交渉相手として法廷闘争にのぞむことが可能となった。<br />　ＪＡ全中の萬歳会長は復旧・復興を最優先課題と提起し、次のとおり重点項目を掲げ、平野達男復興相に要請を行っている。（１）復旧作業の加速化（２）営農再開計画の早期策定（３）既往債務の棚上げ等による二重債務問題の軽減（４）被災農漁業者に対する地域金融機関の再編強化法成立（５）原発事故の損害に対する迅速万全な損害賠償――等の要請である。<br />　ＪＡグループは農家結集の軸となり、このように震災対策についても協同組合ならではの&ldquo;相互扶助&rdquo;活動を展開している。ＩＣＡ（国際協同組合同盟）のポーリン・グリーン会長もＪＡや漁協の震災救援活動について「まさに協同組合らしい取り組み」と称賛している。<br />　「協同組合主義」は久しく&ldquo;幻想&rdquo;とみられてきたが、ここへきて力強い実践に裏付けられることになった。このような不時の危機に直面して真の実力を発揮し得ることも、ＪＡグループの各分野における日常の推進活動、つまりは資本増強と経営体力の賜物と言える。改めて自信を深め、日常事業活動の重要性を強く認識したい。</p>]]>
        

    </content>
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    <title>【提言】持ってほしい、危機意識　　中野剛志・京大大学院准教授</title>
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    <published>2011-11-02T05:24:10Z</published>
    <updated>2011-11-15T08:41:20Z</updated>

    <summary>　本紙編集部より、「農業、農村、農協への期待」というテーマでの執筆を依頼されました。私は農業については全くの素人なので、その任にふさわしいとは思えませんが、最近、ＴＰＰ（環太平洋経済連携協定）に対する反対論を展開している関係で、各地の農協から講演を依頼されるようになり、農協と少しお付き合いするようになりましたので、そうした経験から感じたことを書くことにします。</summary>
    
        <category term="提言" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="/archive03/proposal/">

        <![CDATA[<p><span enctype="application/x-www-form-urlencoded" class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img style="float: right; margin: 0 0 20px 20px;" src="/archive03/proposal/images/prop1111020301.jpg" alt="中野剛志・京大大学院准教授" width="110" height="153" /></span>　そもそも、農業とは縁もゆかりもなかった私がＴＰＰに反対し始めたのは、農業が心配だからというよりは、ＴＰＰ推進論があまりにデタラメだったためだからに過ぎません。私自身は、ＴＰＰへの参加によって直接的な被害を受けるわけではありません。また、マス・メディアやＴＰＰ推進論者たちが、しきりと日本の農業や農協のあり方を批判していることは知ってはいましたが、何が論点なのかについては、何も知らず、知る気もありませんでした。<br />　しかし、ＴＰＰへの参加が国益を大いに損なう可能性があると考えられる以上、一国民として黙っているわけにはいきません。それで、ＴＰＰ反対運動を展開している農協の方々と接触する機会をもつようになりました。しかし、正直に言って、農協の危機意識の低さには多少驚かされました。<br />　もちろん、組合長クラスの方は皆、かなり事態を深刻に受け止めていました。しかし、それ以外の方々、特に年配の方々からは、「本当にＴＰＰを自分たちの問題として真面目に考えているのだろうか」という印象を受けることが少なくありませんでした。</p>
<p style="text-align: center;">◇　&nbsp;&nbsp;&nbsp; 　◇</p>
<p>　具体的に申し上げましょう。私は本年３月に『ＴＰＰ亡国論』という本を出版していますし、それ以前からもインターネットの動画や新聞記事などで自説を発信してきました。また、拙著以外にも、多くの優れたＴＰＰ反対論の本がたくさんあります。私の講演での話は、たいてい、これらの本や記事などの内容を繰り返しているだけなのです。ところが、聴衆の反応を見ると、私の話に驚いている風がみられました。つまり、ＴＰＰについて自分で何も調べないで、講演に来ているのです。<br />　ＴＰＰについては、昨年秋から、東日本大震災で一時期中断したとはいえ、およそ一年にわたって世間を賑わせてきました。その最大の被害者となる可能性があるのは、もちろん農家です。にもかかわらず、農協の集まりに来て講演を聞くまで、新聞情報以上に、ほとんど何の知識ももっていないといった様子なのです。これは、一般組合員に限らず、理事クラスの集まりでの講演でも、そんな感じでした。<br />　同様の話は、別のＴＰＰ反対論者からも聴きました。この方は、医療関係や法律関係の団体に比べて、農協は勉強が足りないと嘆いておられました。<br />　もっと驚くべき経験をしました。ＡＰＥＣハワイ会合を間近にし、ＴＰＰ問題が再び緊迫し始めた十月のある日、私はある県の農協中央会の理事たちの前で講演をしました。講演終了後に喫茶室で休んでいると、理事の一人が近づいてきました。この方は、私の講演の言葉づかいを批判した後（まあ、確かに私の物言いは乱暴ですが）、農林水産省の補助金行政が無駄だという批判をし始めました。そこで、私は「それはそうかもしれないが、だからＴＰＰに参加して農業を効率化せよというのが推進論者の論理ですよ。そんな論理に乗ると負けますよ。そんなことを言っていないで、私と戦ってくださいよ」と応じました。すると、この方は私にこう言ったのです。<br />　「いや、あんたは戦ってはいない。戦っているのは、わしらだ。」<br />　私は驚きました。そもそも、単なる大学教員の私とは違って、利害関係者の農協が戦うのは当然であって、偉そうに言うような話ではありません。ですが、今は、ＴＰＰ反対派は圧倒的に不利な情勢にあり、農協としては味方を一人でも増やすべき状況にあるのです。そういう認識があったら、普通は、遠くから駆け付けた味方のやる気を削ぐようなことは言わないでしょう。要するに、この理事の方は、ここまで追い詰められてもなお、危機感がまったくないのです。</p>
<p style="text-align: center;">◇&nbsp;&nbsp;&nbsp; 　　◇</p>
<p>　このエピソードだけから農協全体を類推するのは、もちろん公平ではありません。しかし、この不愉快極まりない経験は、政治や行政の庇護によって甘やかされて増長し、政治や行政の批判ばかりしている自立心のない農協という、ＴＰＰ推進論者が作り上げたイメージに説得力を与えるものだったのも確かです。<br />　もちろん、だからといって農協を批判するつもりはないし、某元農水官僚と違って、農協憎しでＴＰＰに賛成するなどということもありません。そもそも、私は農協とは無関係に、自分の問題意識からＴＰＰに反対しているのです。また、農協は、多少の問題があったとしても、やはり日本の農業にとって必要な大事な組織だと思います。しかし、私は、農協に対する期待は特にありません。誰かに期待するような自立心のなさこそが、私が最も恐れるものだからです。</p>]]>
        

    </content>
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    <title>【提言】農産物の安全性とＪＡグループの役割　ＪＡ富里市常務・仲野隆三氏</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="/archive03/proposal/proposal/2011/proposal110804-14447.html" />
    <id>tag:www.jacom.or.jp,2011:/proposal//9.14447</id>

    <published>2011-08-04T02:42:29Z</published>
    <updated>2011-08-04T02:50:00Z</updated>

    <summary>　大量の放射性物資の放出を引き起こした原発事故は土壌や農産物の汚染という農業に大きな打撃をもたらしている。国が定めた暫定規制値を超える放射性物質が検出されたものは出荷制限を受けることになったが、安全とされた農産物まで多くの産地で価格下落など、いわゆる風評被害に悩まされている。
　こうした事態を私たちはどう打開していけばいいのか。ＪＡ富里市の仲野隆三常務は「自ら行動して消費者に訴えることが大切」と強調する。</summary>
    
        <category term="提言" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="/archive03/proposal/">

        <![CDATA[<p style="text-align: center;"><strong><span style="font-size: x-large;"><span style="background-color: #ffffff;"><span style="color: #72b54a;">自ら行動して消費者に訴える</span></span></span></strong></p>
<p style="text-align: center;"><br /><strong><span style="font-size: x-large;"><span style="color: #da6d24;">ＪＡの役職員・組合員の力で<br />信頼の確立を</span></span></strong></p>
<p><br /><strong><span style="color: #008000;">◆この難局にいかに打ち勝つか</span></strong></p>
<p><br /><span enctype="application/x-www-form-urlencoded" class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img style="float: right; margin: 0 0 20px 20px;" src="/archive03/proposal/images/proppr1108040101.jpg" alt="ＪＡ富里市常務・仲野隆三氏" width="130" height="179" /></span>　３月11日宮城沖を震源としたマグニチュード9.0の巨大地震は、激しい大地の揺れと巨大な津波を引き起こし、東北や関東沿岸の港町と農地を破壊するなどして多くの人命を奪い、その生活基盤までを失わせるにいたった。<br />　これに追い打ちをかけたのが東京電力の福島第１原子力発電所の事故である。巨大津波により原子炉をコントロールする電源がすべて停止、原子炉や使用済み核燃料の貯蔵プールの冷却が不能となった。この結果12日から15日にかけて原子炉建屋が水素爆発を起こし大量の放射性物質が大気中に放出された。<br />　安全だと言い続けられてきた原子力発電所が、コントロール出来ずにメルトダウンを起こしてレベル７の危機的状況に陥ったのだ。水素爆発で飛び散った核種は風下となった東海や関東、東北など広範な地域にフォールアウト（降下）して長期間にわたり多くの人々や動植物等に影響を与えることになり、さらに水や土壌を汚染した。<br />　３月17日、政府は食品衛生法に基づき「暫定規制値」を設け、さらに19日に茨城県産ホウレン草から暫定規制値を超えたヨウ素131が検出された。21日には原子力災害対策特別措置法に基づく暫定規制値を超えた野菜類の「出荷制限と摂取制限」が指示され、福島、茨城、群馬、栃木そして千葉の５県で暫定規制値を超えた野菜類が次々と公表されると、これをきっかけに放射能汚染のない野菜類までが流通段階で引取拒否や返品、さらに買い叩きに遭うなど風評被害が一気にひろがった。<br />　福島原発事故はいまなお終息しておらず、機械施設はむき出しの状態であり、汚染された街並みや農地、水さらに山林は今後数十年の歳月を要さなければ2011年３月11日以前の環境にもどらない。いま私たちは放射能被害と風評被害から逃げることが出来ない状態にあるが、むしろ逃げるのではなくこの難局に際していかに打ち勝つか、直接消費者に安全性を訴えるための行動を起こさなくてはならない。そのためにＪＡと組合員は何をすべきかここに提言したい。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><strong><span style="color: #008000;">◆閉そく感からの脱却</span></strong></p>
<p><br />　４月下旬切羽詰まった状況のなか「風評被害を吹き飛ばせ！」と東京交通会館前で野菜の安全性を訴えるべく福島と茨城県のＪＡや行政のとった行動が記憶に新しい。<br />　1999年の所沢ホウレン草のダイオキシンや東海村ＪＣＯの臨界事故などの報道を見るといずれもその直後に風評被害が発生し、多くの組合員が販売先から受託拒否や返品に遭うなどして、その憂き目をみている。<br />　情報過多社会ではショービジネス化するニュース報道が風評被害を助長しているのではないか、&rdquo;報道に迷わされている&rdquo;、果たしてこのまま組合員やＪＡは押し黙ったままでよいのか、それで消費者に組合員の気持ちが伝わるのか、そんな切羽詰まった状況から福島県と茨城県の仲間達は&rdquo;現状打破のために&rdquo;消費者に訴える行動を起こしたのだと考える。<br />　特産野菜を持参して組合長が先頭に立ち放射能線量計を野菜にかざして消費者に安全性を訴える姿は、多くの消費者に理解されたのではないかと思った。また、この行動は多くのマスメディアで取り上げられ、野菜類に対する放射能の疑念が少しづつ解かれたのではないかと考える。<br />　風評被害は、放射能という「見えない恐怖心」によって生みだされた&ldquo;野菜は大丈夫だろうか&rdquo;、という消費者の疑念にある。その意味で当初政府から発表された暫定規制値などは曖昧な情報として映ったのではないか、またマスメディアも断片的な情報を報道して疑念を増幅させた責任がある。リスクコミュニケーションとして暫定規制値以下の野菜や、出荷や摂取制限が解除された野菜など詳細な情報を国民に知らせるのもマスメディアの役割だと科学ルポライターの松永和紀氏は述べている。<br />　マスメディアの報道のあり方も、彼らにとって情報とは「悪い情報は稼げる」であり「良い情報は稼げない」など報道の姿勢について松永氏は厳しく指摘しているが、まさにその通りだと思う。風評被害を打破するには妙手はないと考える。　放射性物質の検査数値など科学的なデータも揃えることは必要だが、最も有効な方法は「自らが行動し消費者に訴える」ことだと思う。この行動をマスメディアが国民に伝え、その取組みを多くのＪＡがリレーションすることで、さらに多くの国民が知り疑念が払拭されるのではないかと考える。誰かが何とかするとか、してくれるとかではなくＪＡ役職員が先頭に立って行動しなければ風は起こらないのである。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><strong><span style="color: #008000;">◆流通で起きていること</span></strong></p>
<p><br /><span enctype="application/x-www-form-urlencoded" class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img style="float: left; margin: 0 20px 20px 0;" src="/archive03/proposal/images/proppr1108040102.jpg" alt="「買い控えを吹き飛ばせ！　福島・茨城の農家を応援しよう」と東京交通会館と銀座農園が４月１日から東京・有楽町駅前の交通会館マルシェで開いた農畜産物直売イベント" width="260" height="184" /></span>　風評被害が吹き荒れている４月から５月に首都圏の量販店や外食産業、さらに卸売市場に緊急調査を行った。大手量販店（Ｙ社）は消費者からほかの野菜も危ないのではないかと抗議されるなど、野菜仕入れには相当悩んだという。現在も暫定規制値以下の野菜を仕入れ販売を行っているが、課題は消費者に対して安全性の根拠が曖昧だと信頼されないため、具体的には行政から公表されている出荷や摂取制限情報に目配りをするなどして野菜を仕入れているのが現状である。<br />　直販取引では契約農家を守るため独自に放射能検査を実施して、安全性を確認してから広告掲載するようにしている。また併せて店員に対して正しい情報を伝えて消費者に説明できるように対処している。今後長期間にわたり農畜産物など食品は放射能とむき合わなければならない。その対応ができるＪＡや組合員等との契約取引を考えたいとしている。<br />　関東、東北などで外食産業と契約栽培をしている組合員や農業法人は最も厳しい状況にある。３月17日大手外食産業は自社農場を閉鎖して、周辺農家との契約取引も停止したと報道、そのコメントは「消費者に安全な料理を提供するのがレストランのつとめ」として安全な食材を海外に求め、国内では西南産地に契約農場を移すとしている。中小の外食産業は行政の放射能検査だけでは納得せず、直接組合員に放射能検査を要求しているのが実態である。<br />　加工卸会社や企業は組合員に契約野菜を検査しなければ取引はしないと迫り、組合員が行政やＪＡに相談するケースが増えている。一例として、取引業者は行政の放射性物質検査（モニタリング）以外に検査を求めてくるため、組合員は個人で検査費用（１点２万６千円）を負担しなければならない。さらに検査で暫定規制値を超過すれば取引は停止される。そのうえに個人検査であるため原子力特別賠償措置法（補償）の対象にすることが難しい。理由は、行政の定めたもの以外は受け付けてくれないからだ。さらにＪＡ販売事業を経由していないと対応してくれないなど課題もあるが、出資者が組合員であればその利用如何に関係なく、その相談に対応するのがＪＡの責務であり、営農指導部署で対応させる必要もあるのではないか。<br /><span enctype="application/x-www-form-urlencoded" class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img style="float: right; margin: 0 0 20px 20px;" src="/archive03/proposal/images/proppr1108040103.jpg" alt="「買い控えを吹き飛ばせ！　福島・茨城の農家を応援しよう」と東京交通会館と銀座農園が４月１日から東京・有楽町駅前の交通会館マルシェで開いた農畜産物直売イベント" width="240" height="228" /></span>　最後に４月20日時点での卸売市場での野菜流通について概観したい。業務関係は外食産業の一部や、コンビニ（物販・加工含め）での制限がやや厳しい。学校給食は産地によって厳しく納品制限が求められている。一方、産業給食は比較的に緩やかな対応が利く。量販店取引では基本的に市場流通品は取り扱うが、乳幼児等のいる消費者はかなり過敏な状態にあるので産地はモニタリングされているものを調達する。ただ主婦層など年齢が高い層ほど被災地への応援として消費する傾向が強くなっているようだ。</p>
<p>（写真）「買い控えを吹き飛ばせ！　福島・茨城の農家を応援しよう」と東京交通会館と銀座農園が４月１日から東京・有楽町駅前の交通会館マルシェで開いた農畜産物直売イベント</p>
<p><strong><span style="color: #008000;">◆自ら切り開く努力を</span></strong></p>
<p><br />　野菜の放射能汚染の拡大によって３月<span style="font-size: 7.5pt; color: black; font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;,&quot;serif&quot;; mso-ascii-font-family: Verdana; mso-hansi-font-family: Verdana; mso-bidi-font-family: 'Times New Roman'; mso-font-kerning: 1.0pt; mso-ansi-language: EN-US; mso-fareast-language: JA; mso-bidi-language: AR-SA;">〜</span>４月にかけては風評被害により販売面で苦しんできた。その後も神奈川、静岡の新茶や東北地方の草地や肉牛などから暫定規制値を大幅に超過してセシウムが検出されている。セシウムは東北、関東、東海一帯に降下しており土壌表面に吸着され、カリとの疑似性から僅かだが作物に吸収されると考えられる。その意味では今後とも多くの農畜産物からセシウムが検出される可能性があると考える。<br />　対策として自主検査の取組みについて考えたい。多くの組合員の気持ちを代弁すればあまり騒ぎ立てず、静かに時が過ぎ行くのを待つ、と考えるのだが、これまで述べてきたように安全性なしには消費者と「食と農業の信頼関係」は作れないと考える。<br />　またＪＡ役職員は放射能検査が「やぶ蛇となる」ことを恐れ消極的な意識に陥ると思うが、これまで農薬等のポジティブリストへの対応にあるようにトレサビリティーは多くの組合員に定着している。その延長線で農畜産物等の放射能検査をＪＡが行政と連携して自主検査すべきではないか、そのことで風評被害に対してとってきた行動がそこに生かされるのではないかと思うし、そうすべきだと考える。</p>]]>
        

    </content>
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    <title>【提言】変わろうニッポン 新しい時代の始まりへ　農民作家・山下惣一氏</title>
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    <published>2011-07-27T04:25:35Z</published>
    <updated>2011-07-27T04:29:17Z</updated>

    <summary>　今年の春休み、東京から孫娘２人が佐賀県唐津市郊外のわが家に避難してきた。東電福島第一原発事故のあと、東京の水道水から放射能が検出された旨の報道があった直後だった。
　「健康にただちに影響するレベルではない」。
　毎回同じ言葉を繰り返す官房長官談話よりも外国メディアの報道を信じる親たちが電話で依頼してきて「せめて子ども達だけでも」というので承諾した。
　駅まで車で迎えに行ったら、中学２年と小学５年の眼鏡の姉妹がリュックを背負い、両手に大きな荷物をさげて改札口を出てきた。その姿に私は60年以上も昔の「学童疎開」を思い出した。</summary>
    
        <category term="提言" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="/archive03/proposal/">

        <![CDATA[<p><strong><span style="color: #008000;">◆破滅の淵に立つ私たち</span></strong></p>
<p><br />　今年の春休み、東京から孫娘２人が佐賀県唐津市郊外のわが家に避難してきた。東電福島第一原発事故のあと、東京の水道水から放射能が検出された旨の報道があった直後だった。<br />　「健康にただちに影響するレベルではない」。<br />　毎回同じ言葉を繰り返す官房長官談話よりも外国メディアの報道を信じる親たちが電話で依頼してきて「せめて子ども達だけでも」というので承諾した。<br />　駅まで車で迎えに行ったら、中学２年と小学５年の眼鏡の姉妹がリュックを背負い、両手に大きな荷物をさげて改札口を出てきた。その姿に私は60年以上も昔の「学童疎開」を思い出した。<br />　私たちの同世代は戦争末期、都会の空襲や食料難から逃れるために都市部の児童の多くが農村へ避難した。これを「学童疎開」といい、集団での避難が「集団疎開」だ。親たちはさておき、次の世代を担う子ども達だけは生かしたいというまっとうな親心、人間の心、社会の精神があった。ところがいまは状況が違うのだ。<br />　東京からはるばる避難してきた母のふるさとのわが家は、実は九州電力玄海原発の10キロ圏すれすれの位置にある。加えて村にひとつしかない川の源流には産業廃棄物最終処分場が稼働中という場所になっているのだ。<br />　つまり「東京が危ない！」と避難してきた田舎はもっと原発の近くだったというブラックジョークである。原発から300キロ以上離れているのは北海道の網走地方と沖縄だけだという。このまま進むならいずれこの国には避難する場所はなくなるだろう。<br />　周知の通り高速鉄道と原発の輸出は日本の新成長戦略の要に位置づけられている。もし仮に日本企業による原発が中国沿岸部にずらりと並び、交互に想定外のトラブルを起こしたとしたら、上空を覆う放射能によって日本は人の住めない国になる。日本発の破局のブーメランである。とりわけ黄砂現象がひどかったこの春、上空を見上げながら私は本気でそう考えた。食の安全安心や地域振興どころの話ではない。私たちは破滅の淵に立っている。今回の原発事故が教えたのはその事実ではないのだろうか。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><strong><span style="color: #008000;">◆経済が成長するほど人は不幸になった</span></strong></p>
<p><br />　そして、そのことは私たちが生きてきたこの半世紀、経済成長の犠牲にされてきたものが自然環境や命というもっとも大切なものだったことを示している。経済は損得の問題だが環境や食料は生死の問題である。これを混同し、むしろ経済を上位に置いてきた。第一次産業の苦境と衰退はその帰結である。<br />　私の住む村の半分は漁師で、当然、親戚や友人知人も多い。漁村の疲弊は農村よりも早く、より深刻だった。乱獲の問題もあるが、それ以上に水産物の輸入が漁民を追いつめた。<br />　日本列島の主要な海岸線の総延長は３万2000キロ、漁港数が約3000、およそ10キロにひとつの漁港があり、排他的経済水域や領海を含めると世界第６位の海洋国だとされる。その海にかこまれた日本が水産物の輸入では金額ベースで世界第１位、バブルのころは世界の貿易量の27％を買い占めていた。平均関税率は４％だ。<br />　漁師が減って輸入が増えたのではない。その逆である。昭和63年には50万人いた漁業就業者は20万人に減り、半分が60歳以上だ。食えなくなった漁村が原発経済に依存せざるを得なくなった構図がある。54基の原発は列島をぐるりと囲む海岸線に立地している。<br /><span enctype="application/x-www-form-urlencoded" class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img style="float: right; margin: 0 0 20px 20px;" src="/archive03/proposal/images/proppr1107270102.jpg" alt="鍬ヶ崎小学校から宮古湾をのぞむ" width="240" height="261" /></span>　一方、山村はどうか、日本の国土の67％が山林で、その40％およそ1000万haが造林面積だと林業白書にある。昭和39年東京オリンピックの年に木材が自由化され25％の関税がゼロになり、世界中から安い木材が殺到した。90％あった自給率は18％まで低下し、山村は暮らしの土台を失った。限界集落への第一歩だった。元気を失った山村にやってきたのは「産業廃棄物処分場」だ。<br />　山と山の間には谷川が流れている。私たちの若いころまでは、田んぼの落水が終わるとその谷川の水を飲んでいた。何代にもわたって飲んできた清潔な谷川の水は飲めなくなり、水道の蛇口に浄水器をつけ、ペットボトルの水を買って飲むようになった。これが経済成長のメカニズムである。それゆえ、経済が成長するほど人は不幸になる。<br />　敗戦後、戦後復興は植林から、と国をあげての大合唱によって植えられた杉や桧は伐採期を過ぎ、毎年花を咲かせ、花粉を飛散させて花粉症の発生源となっている。さながら造林に汗を流した先人たちの怨霊が乗り移って子孫に報いているかのようだ。</p>
<p>（写真）<br />鍬ヶ崎小学校から宮古湾をのぞむ</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><strong><span style="color: #008000;">◆日本の土台は農山漁村</span></strong></p>
<p><br />　農業もまた然りである。昨年の農林業センサスによって、農業就業者数が260万人、平均年齢65.8歳と発表された。国民100人の食を２人で担っている勘定になる。よく頑張っていると褒められるべきだろう。<br />　ところが「ＧＤＰの1.5％の農業のために残りの98.5％が犠牲になっている」旨のお粗末な発言をする大臣がいたり、「自由化がなくてもいずれ農業は立ち行かなくなる」とあろうことか総理の耳を疑うような談話が報じられたりする。<br />　勘違いしないでもらいたい。相次ぐ自由化で立ち行かなくなったのであって「自由化がなくとも」ではない。農産物の純輸入では依然として日本は世界１位である。<br />　それもこれも農業に産業としての国際競争力がないからだと主張する人たちがいる。しかし、頭を冷やしてよく考えてみてほしい。日本は山国で耕地は国土の13％しかない。耕地はせまい、地価は高い、労賃も高い、肥料も農薬も資材も高い。それなのに出来た農産物は国際価格で、という。これは無理難題、難くせというものである。それができないから企業は海外へ転出していくのではないか。　第１次産業は国内から動くことはできない。究極の国内産業であり地場産業なのだ。と、まあ、この国で半世紀以上百姓をやっていると、長い間の愚痴や怨み節が次々と吹き出してくるわけである。<br />　私は思うのだ。もとより経済は大事、貿易も大事、国際協力も友好も交流も大事である。しかし、それもこれもわが家あっての話だろう。再びあってはならないことだが、あの敗戦のとき外地からの引揚げ者は700万人とも800万人ともいわれ、そのほとんどが絆にすがって農村に寄留し飢えをしのいで再起を図った。これがたった60年前の日本人の実体験なのである。一朝有事の際に日本人が帰ってくるところは、結局、日本しかない。農山漁村はその土台である。月夜もあれば闇夜もあるぞ。第１次産業をもっと大切にしておくべきではないのか。私は執拗にそう問わずにはいられない。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><strong><span style="color: #008000;">◆「がんばろうニッポン」ではなく&hellip;&hellip;</span></strong></p>
<p><br />　さて、未曽有の大震災と原発事故はいまを生きている日本人の価値観に大きな衝撃を与えたことは間違いない。ひとりひとりの生き方、国のあり方が問われていると多くの人が感じている。<br />　「ひとつの時代の終わり」と定義する人もいる。ただひたすら成長・発展を金科玉条としてひた走ってきた時代の終焉という意味であろう。私もそう思う。<br />　ところが一方には「懲りない面々」がいて「それでも原発は必要だ」「貿易は日本の生命線だ」「震災復興のためにもＴＰＰ参加を」などと声高に主張している。原発推進もＴＰＰ参加も経済成長のための車の両輪で、どちらも手放せないというわけだろうが、その結果が成長神話、安全神話の崩壊である現実には目を閉じている。<br />　だから、メディアや巷にあふれているのは「がんばろうニッポン」コールである。つまり、この受難に耐えて、がんばって、早く以前の路線に立ち戻り、より大きく強いニッポンを再興しようというメッセージだ。<br />　人としての生き方が問われていると受止めている人たちの願いは「がんばろうニッポン」ではなく「変えようニッポン」「変わろうニッポン」ではないのだろうか。私はそうだ。原発を止めるためならエアコンをやめて庭先に打ち水をし縁側での団扇パタパタで過ごすし、ＴＰＰ参加には断固反対だ。原発推進とＴＰＰ参加は同根であり破局へ向かう車の両輪だと考えている。<br />　「ひとつの時代の終わり」は新しい時代の始まりでなければならない。では、いかなる未来を目指すのか。<br />　米国発のグローバリーゼーションから20年。国境なき競争、優勝劣敗、弱肉強食、勝ち組負け組&hellip;&hellip;などひたすら競争に明け暮れ、追い回されて、みんな疲れ果て、とりわけ若者には職も希望も未来もない社会となってしまった。この道をさらに進むのではなく、成長よりも安定、拡大よりも持続、競争よりも共生を目標にできないものか。カネが中心の世の中から人間が主人公の社会への転換である。つまり「変ろうニッポン」である。<br />　共通の理念としては「１人は万人のために万人は１人のために」の協同組合憲章だろう。ともすれば形骸化し、絵空事のイメージの時代も長かったが、いま、まさにこのフレーズは鮮烈であり、万国、万民の共通の旗印となり得る。グローバリーゼーションの対抗軸としてこれ以外にはないと私は考える。<br />　おりしも新設された福島県の「県復興ビジョン検討委員会」（鈴木浩座長）はその基本方針に「原子力に依存しない社会作り」を掲げたと報じられている。当然のことだろう。「変ろうニッポン・脱原発から」これを合言葉に協同の力で新しい未来を拓いていきたいものである。</p>
<p><br /><span enctype="application/x-www-form-urlencoded" class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img style="float: right; margin: 0 0 20px 20px;" src="/archive03/proposal/images/proppr1107270101.jpg" alt="山下惣一氏" width="130" height="153" /></span>【著者紹介】<br />農民作家<br />山下惣一</p>
<p>やました・そういち　1936年佐賀県唐津市の農家の長男に生まれる。中学卒業後、家業の農業に従事、現在に至る。農業の傍ら文筆活動を続ける。著書に「農業に勝ち負けはいらない」「身土不二の探究」ほか多数。山形県川西町の生活者大学校（劇団こまつ座主宰）教頭、農民連合九州・共同代表、アジア農民交流センター代表などを務める行動派農民作家。</p>
<p>&nbsp;</p>]]>
        

    </content>
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    <title>【提言】人間らしい生活ができる協同の空間づくりを　岡田知弘・京都大学経済学部教授</title>
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    <id>tag:www.jacom.or.jp,2011:/proposal//9.14348</id>

    <published>2011-07-26T06:07:34Z</published>
    <updated>2011-07-26T06:12:50Z</updated>

    <summary>　2011年3月11日に発災したマグニチュード9.0の巨大地震は、大津波を引き起こして三陸海岸から房総半島にかけての多くの沿岸集落・市街地を呑みこみ、阪神・淡路大震災をはるかに上回る2万人を超える死者・行方不明者をだす戦後最悪の惨事となった。
　さらに、この東日本大震災は、福島第一原発の炉心溶融・放射能漏れ事故や石油貯蔵所、市街地の火災を引き起こし、とくに原発事故は放射能の大気、海洋への拡散を通して、土壌、飲料水、農作物、水産物の放射能汚染を広域的に広げてしまい、4カ月を経過した時点においても、未だ収束する見通しが立たない。このため、10万人近くの被災者が、長期にわたる過酷な避難生活を強いられている。
　また、東北・北関東の生産拠点、インフラの破壊に加え、電力供給能力の縮減は、首都圏の生活や産業活動に多大な影響を与え、中小企業・業者、農家の経営や雇用もピンチに陥っている。</summary>
    
        <category term="提言" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="/archive03/proposal/">

        <![CDATA[<p><strong><span style="color: #008000;">◆生きることを許された者の使命とは？</span></strong></p>
<p>　被災地では、未だ瓦礫の処理も終わっていない。が、行政は復興計画を策定する段階に入っており、国や県レベルで復興計画の検討が本格化している。6月25日には、政府の復興構想会議が、「創造的復興」の観点から、提言を発表した。<br />　そこでは、「開かれた復興」をすすめるために、漁港再建の「選択と集中」や農業経営や漁業経営体への民間企業参入を復興特区によって図る等、震災を「ＴＰＰ対応型」（米倉日本経団連会長）の構造改革再始動の好機とみなす考え方が押し出されている。<br />　だが、そのような構造改革こそが、地域経済や社会を崩壊させ、災害に弱い国土構造や地域をつくりあげてしまったのである。今後30年内にプレート連動型の巨大地震が発生する確率は80％を超える。そのような巨大地震の危険を考えるならば、これまでの東京一極集中型の国土構造や成長戦略、食料主権や国土保全機能を蔑ろにしてきた農林漁業政策、原子力に依存したエネルギー政策、地方自治制度改革を、根本的に見直すことが求められているといえる。<br />　今回の大震災で命を失った多数の犠牲者のためにも、一人ひとりの住民の命と暮らしが最優先される国を、住民の生活領域である地域から再構築していくことが、同時代に生を受け、生きることを許された私たちの歴史的使命ではないだろうか。</p>
<p><br /><strong><span style="color: #008000;">◆東日本大震災の地域性と歴史性</span></strong></p>
<p><span enctype="application/x-www-form-urlencoded" method="get" class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img style="float: right; margin: 0 0 20px 20px;" src="/archive03/proposal/images/prop1107261101.jpg" alt="岩手県宮古市田老地区の津波被害" width="150" height="280" /></span>　いかなる災害も、地域性と歴史性を有する。災害は、特定の自然現象が、特定の地域空間の人間社会に加える、人的・物的な損害であり、とりわけ震災や津波災害は強い地域性を有する。<br />　一方、復興構想会議の提言にも見られるように、「被災地＝東北」という言説が意識的に流布されている。だが、これは不正確な認識である。というのも、人的・物的被害は、18都道県に及んでいるうえ、人的被害は東北のなかでも、宮城、岩手、福島の３県で99.7％を占める。しかも、各県のなかでは、三陸海岸の自治体に特定化された津波災害、内陸部での地震動による土砂崩れ、液状化といった、各地域固有の災害現象が起きており、「東北」という大くくりの地域把握ではすまされない、多様性と複雑性を有した災害の複合体として捉えるべきであり、基礎自治体を中心にした個別被災地ごとの復興政策の立案と実行こそが求められる。これを軽視ないし無視して、「ＴＰＰ対応」「構造改革」を推進するというのは、復興政策として大きな問題がある。<br />　しかも、災害は、いつでも、その時代の社会構造の弱い環を直撃し、解決すべき社会問題を露にする。今回の東日本大震災は、経済のグローバル化と構造改革の遂行のなかで地域産業が後退し、過疎化と高齢化が進行し、コミュニティ機能が弱まり、買い物難民、医療崩壊、ガソリンスタンド難民が問題化していた東日本の農山漁村地域を直撃した。しかも、「平成の大合併」で基礎自治体の規模が広域化し公職員数が減少した被災地域では、災害の把握からはじまり孤立集落、家屋の確認、救援物資の配給にも困難を来しているところが多い。また、原発の「安全神話」を信じ、電源立地交付金や電力会社の寄付金等に依存していた原発立地自治体は、原発事故による強制退去という最悪の事態に陥った。<br />　さらに、経済のグローバル化の利益を一身に受け、東北や関東地域から水、空気、食料、エネルギーを得てきた東京圏の経済生活は、それらの供給がストップしたり、汚染されることにより、大きく混乱し、東京一極集中という現代日本の地域構造の脆さを一気に露呈することになった。これらの問題を生み出した政策を、さらに推し進めるのではなく、根本的に検証、見直すことこそ求められているのである。</p>
<p>（イメージ写真）<br />岩手県宮古市田老地区の津波被害</p>
<p><br /><strong><span style="color: #008000;">◆震災復興をめぐる二つの道</span></strong></p>
<p>　他方で、震災からの復興は、ビジネスチャンスの一挙的創出という側面をもつ。今回の復興市場は20兆円を超えるともいわれている。政治面では、震災復興という「国難」を打開するための挙国一致的で集権的な政権への待望が強まり、国民意識の統合によって、これまで成しえなかった思い切った制度改革や行財政の再編への動きも加速する。<br />　現に、菅直人民主党政権は、震災前からの懸案であった、消費税率の引き上げを基調にした税制・社会保障制度の一体改革、ＴＰＰ（環太平洋連携協定）への参加、そして道州制導入やさらなる市町村合併を、大震災を機に、自民党との大連立政権形成も視野に入れて推進する構えである。<br />　その背後には、日本経団連や経済同友会による、構造改革や道州制を求める要求があり、巨額の復興事業に期待をかける思惑も見える。<br />　例えば、4月6日に発表された経済同友会の「第二次緊急アピール」では、「東北の復興」にあたっては、「道州制の先行モデル」をめざすべきであり、一方で「規制緩和、特区制度、投資減税、各種企業誘致策などあらゆる手段を講じ、民の力を最大限に活か」しながら、「農地の大規模化、他地域の耕作放棄地を活用した集団移転、法人経営の推進、漁港の拠点化など大胆な構造改革を進めることによって、東北の強みを活かしながら、『強い産業』としての再生をめざす」べきだとする。これでは、被災地の復興はもとより、日本の持続可能性の再構築にも逆行することになる。<br />　実際、阪神・淡路大震災の際にも、「創造的復興」のかけ声の下で、震災前から計画されていた神戸新空港の建設や都市再開発事業が真っ先に行われ、被災者の生活や住宅の復興が後回しにされた。しかも、復興需要の９割が被災地域外企業によって受注され、被災者のくらしや住宅の再建、地域産業の再生がすすまず、10年以上経過しても「７割復興」と呼ばれるような状況に留まったうえ、600人を超える仮設住宅居住者が孤独死を遂げた苦い歴史的経験を有している。<br />　古くは、関東大震災の際にも「帝都復興」を最優先すべきだとする為政者の考え方があった。だが、これに対峙する形で、「人間の復興」という復興理念が提唱されたことに注目したい。<br />　これは、福田徳三・東京商大教授が使った言葉である。福田は、『復興経済の原理及若干問題』（1924年）という本のなかで、「私は復興事業の第一は、人間の復興でなければならぬと主張する。人間の復興とは、大災によって破壊せられた生存の機会の復興を意味する。今日の人間は、生存する為に、生活し、営業し労働しなければならぬ。即ち生存機会の復興は、生活、営業及労働機会（此を総称して営生の機会という）の復興を意味する。道路や建物は、この営生の機会を維持し擁護する道具立てに過ぎない。それらを復興しても、本体たり実質たる営生の機会が復興せられなければ何にもならないのである」と明快に述べた。<br />　この「人間の復興」という考え方は、時代を超えた普遍性を有しており、東日本大震災からの復興における基本思想として据えなければならない絶対的視座である。</p>
<p><br /><strong><span style="color: #008000;">◆「人間の復興」に向けて</span></strong></p>
<p>　この「人間の復興」への道は、現に、2004年の中越大震災の折に全村離村を強いられた山古志村（現・長岡市）で、実践されたものでもある。仮設住宅生活のなかで「山古志に帰ろう」という合意を広げ、防災面に配慮しながら高齢者を含む住民の生活、住宅、生産基盤の再建を一体として図る復興計画を、昭和旧村ごとにつくり、３年後に７割の住民が村に戻ることができたのである。（関連記事・<a href="/archive03/news/2011/07/news110725-14344.html">山古志村からのメッセージ</a>）<br />　東日本大震災の被災地域のなかでも、農山村部では、この山古志の経験がひとつの指針になると考えられる。また、都市部、市街地においても、小学校区などのコミュニティ単位での復興計画づくり、そこでの住宅を中心とした生活基盤と経済活動の再建を一体としてすすめていくことが求められているのではないだろうか。<br />　実際、被災２カ月後に現地で調査したところ、大船渡市や陸前高田市に隣接する住田町で、町が主導して、地元産材を生かした木造戸建仮設住宅を、被災者を雇用しながら建設を開始していたほか、三陸海岸のいたるところで、協同の養殖筏を組み、少なくなった漁船を協同で活用する方法で、非被災地域の支援を受けながら、水産業の復興に向けた地域内再投資力形成の取組みが広がっていた。<br />　何よりも、被災住民の基本的人権と、生活の再建、そのための住宅、生業、医療、福祉の再建を最優先し、被災者や基礎自治体での復興への取組みを最大限尊重し、県や国は、それを強力にバックアップすることが求められる。復興利得をねらう企業参入を規制することも必要である。だが、行政の取組みには限界がある。被災地の住民や経営体の再生のためには、被災地内外の協同の取組みを深化・拡大することこそ、精神面も含めて深い傷を負った被災者の「人間の復興」をすすめる大きな力となるのである。<br />　東日本大震災地域において、それぞれの地域の個性に合わせて、「人間の復興」を基本にした地域再生が、域外からの支援を得ながら、被災住民と基礎自治体の主体的な取組みによって可能になれば、それは構造改革によって疲弊しきった非被災地域を含めた日本社会全体を、人間らしい生活ができる協同の空間へと大きく変革していくことにもつながるといえよう。</p>
<p><br /><strong>【著者紹介】<br /><span enctype="application/x-www-form-urlencoded" method="get" class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img style="float: right; margin: 0 0 20px 20px;" src="/archive03/proposal/images/prop1107261102.jpg" alt="1954年富山県生れ。京都大学大学院経済学研究科博士後期課程修了。岐阜経済大学助教授を経て、京都大学経済学部助教授、同経済学研究科教授。専門は、地域経済論、農業経済論。日本地域経済学会理事長、自治体問題研究所理事長。主著に、『日本資本主義と農村開発』法律文化社、1989年、『地域づくりの経済学入門』自治体研究社、2005年、『一人ひとりが輝く地域再生』新日本出版社、2009年、『増補版　道州制で日本の未来はひらけるか』自治体研究社、2010年、『ＴＰＰ反対の大義』（共著）農文協、2010年、『ＴＰＰで暮らしと地域経済はどうなる』（共著）自治体研究社、等がある。" width="160" height="220" /></span></strong>岡田知弘<br />京都大学経済学部教授</p>
<p>おかだ・ともひろ<br />1954年富山県生れ。京都大学大学院経済学研究科博士後期課程修了。岐阜経済大学助教授を経て、京都大学経済学部助教授、同経済学研究科教授。専門は、地域経済論、農業経済論。日本地域経済学会理事長、自治体問題研究所理事長。主著に、『日本資本主義と農村開発』法律文化社、1989年、『地域づくりの経済学入門』自治体研究社、2005年、『一人ひとりが輝く地域再生』新日本出版社、2009年、『増補版　道州制で日本の未来はひらけるか』自治体研究社、2010年、『ＴＰＰ反対の大義』（共著）農文協、2010年、『ＴＰＰで暮らしと地域経済はどうなる』（共著）自治体研究社、等がある。</p>]]>
        

    </content>
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    <title>大震災をめぐる議論の問題点を探る――「創造的復興」の背景は市場原理主義　　京都大学大学院工学研究科 准教授・中野 剛志に聞く</title>
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    <id>tag:www.jacom.or.jp,2011:/proposal//9.14119</id>

    <published>2011-07-07T06:09:52Z</published>
    <updated>2011-07-07T06:13:37Z</updated>

    <summary>　「単なる復旧ではなく創造的復興を?」。東日本大震災からの復興に向け政府はこう強調している。　しかし、京都大学の中野剛志准教授は、被災者は家族や友人、故郷の思い出などを失い、そのなかにはそもそも復旧できないものがあるにも関わらず、それでもこの地での復旧を願う人々の気持ちへの配慮がないと批判する。現在の復興論議の問題点は何か？　どこを私たちは復興に向けての出発点とすべきか？　中野准教授に聞いた。</summary>
    
        <category term="提言" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="/archive03/proposal/">

        <![CDATA[<p><strong><span style="color: #008000;">◆大震災と愛国心</span></strong></p>
<p><br /><span enctype="application/x-www-form-urlencoded" class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img style="float: left; margin: 0 20px 20px 0;" src="/archive03/proposal/images/proppr1107071002.jpg" alt="写真提供：岩手県宮古市" width="240" height="263" /></span>　寺田寅彦は昭和９年に発表したエッセイで、自然災害から人を守るのは国を守ること、国防と同じである、それはともに愛国心の問題だと言っています。<br />　今回の東日本大震災できちんと動き活躍しているのはやはり自衛隊です。つまり、自治体を跨ぐような被害の規模になると国家が出てこざるを得ない。なぜ、国家が出てくるかといえば、そこには愛国心があるからです。愛国心とは、東日本の被災地域の人たちに対して、西日本の人も九州の人も胸を痛めたということです。それがなければ復興のための予算にも誰も合意しないことになる。<br />　まさに愛国心です。これは戦後はずっと危険なものとみなされてきましたが、実際、大震災が起きてみると、みなわがことのように胸を痛めた。<br />　三陸が津波に襲われているころ、実はリビアではカダフィ大佐に殺されている人がたくさんいましたが、やはり三陸の悲劇に日本人は心を動かされた。</p>
<p>（写真提供：岩手県宮古市）</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><strong><span style="color: #008000;">◆自ら弱めた「国」の力</span></strong></p>
<p><br />　ところが震災から３カ月が経っても復旧がなかなか進んでいない。災害の規模が大きいということもありますが、ここではそもそもの問題として、この間、グローバル化こそが課題だといってきたことを考えなければなりません。<br />　つまり、愛国心、愛郷精神ということ、たとえば地方が疲弊していることに胸を痛める、あるいは失業者が多くて若者が就職できないことに胸を痛めて何とかしようということを考えてきたのか、ということです。そうではなく日本は少子高齢化が進むから、海外に打って出ようというような議論ばかりでした。また、国家ではなく、地方分権、地域主権といったことばかりが強調されて、国家の関与などいらないんだといってきた。すなわち、グローバル化とローカル化の両方から「国家はいらない」とされてきたのです。国と地方を対立的に考えていたことも問題でした。<br />　だから、震災が起きて、急に「国」がなんとかするべきだと言っても、どうにもならないわけです。そこから反省しなければいけない。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><strong><span style="color: #008000;">◆「これを機に」の傲慢さ</span></strong></p>
<p><br />　グローバル化だから愛国心は関係ない、国家は引っこんでいていいんだ、という風潮がずっとあったわけですが、では、そう主張する人たちに、どうやればうまく社会が立ちゆくのかと問えば、市場メカニズムに任せればいい、でした。規制を緩和して民間の自由に任せればいい―、こう言ってきた。しかし、まったく反省している雰囲気がない。<br />　その最たる理由は、まさに構造改革を先導した人たちが、こぞって被災地を「この際、実験場にしてやれ」という提案を山ほどしているからです。論者によっては「これを機に」とまで言う。まるで人の不幸を喜んでいるようです。<br />　要は東北は少子高齢化していて、田舎でつまらないところで効率的な農業もやっていない、と。これを機に大規模化して効率化するんだというような風潮です。土地を持っていた人たちが土地を失って抵抗できなくなっているので強引にやってしまえ、という提案を平気でしている。<br />　もっと言うと、戦後日本が繁栄を謳歌できたのは戦前の日本が戦争によって破壊されＧＨＱがゼロから作り直してくれたからだと正当化して、多くの日本人が過去のことを忘れたのではなかったかという問題にまで遡らなければいけないということです。<br />　失われた人たちの命のことを思いやることをせず、暗黒時代が終わってよかったんだ、というメンタリティです。震災からの復興の議論にもそれと同じメンタリティが感じられる。したがって「これを機に」といった提案が出てくるわけです。これを私はけしからんと思いますが、たぶん多くの日本人はけしからんと思っていないのではないでしょうか。そう思う人たちは、今回の震災で被災した人たちがどんな思いでいるのかに配慮がない、つまり愛国心がないということです。<br />　その人たちの発想は、震災でも何でもよくて、今あるものをぶっ壊せば新たに一から作り直せる、という発想です。この手の論者には山下一仁氏もいますが、彼がＴＰＰ（環太平洋連携協定）参加に賛成しているのは、ＴＰＰがいいからというよりは、憎い農協がつぶせるからだ、ということ。ただそれだけなんです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><strong><span style="color: #008000;">◆破壊から生まれるものは？</span></strong></p>
<p><br />　とにかく今あるものを破壊すれば一からいいものに作り直せるという発想がある。これは構造改革、あるいはその背景にある、内橋克人さんが批判する新自由主義の典型的な発想です。<br />　もっともこれは市場原理主義者だけではなくいろいろなところにまん延している。戦後は一からやり直せてよかった、つまり、戦前の政治や社会が壊れたからよかったんだという発想もそうですが、菅政権はこれを「第二の開国」といったわけですね。そして「第一の開国」だとする明治維新は、黒船ショックによって江戸社会が崩壊したからよくなったんだと。そしてＴＰＰを「第三の開国」だというわけです。<br />　全部壊せばいいものができるという考えは非常に傲慢です。この20年に及ぶ構造改革路線とは、これまでの日本経済を破壊して構造改革するんだといってきましたが、彼らの発想が幅をきかせたこの間、日本経済はまったく成長しなくなったわけです。<br />　たとえば、こういう言葉を残した人がいます。<br />　「真っ白な紙の上にこそ、もっとも美しくもっとも新しい字が書けるのである」。<br />　たぶんこの言葉に市場原理主義者だけでなく多くの日本人が賛意を示すと思います。しかし、これを言ったのは誰でしょうか？　毛沢東なんです。つまり、文化大革命。過去を破壊すればよくなると言ってやったことは、結局、大虐殺でした。<br />　こういう発想によって国家が弱められていて震災が起きても対応できていない。それどころか対応できていないのを見てもっと壊しましょう、と言う。おそらくこういうことになると思います。そうすると被災者は犠牲になってしまう。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><strong><span style="color: #008000;">◆東北の声から復興を</span></strong></p>
<p><br />　復旧ではなくこれを機に復興を、と言っている人たちはもともと東北の人たちがなぜ東北にこだわっているかを理解できない人たちだと思います。<br />　人間は豊かな生活、贅沢な暮らしがしたいからではなくて、ご先祖様のお墓があるからとか、知り合いが多いからという理由で生活するわけですね。ところが市場原理主義者は、不便なところに住んでいるのは合理的ではないんだ、という。竹中平蔵氏が典型ですがみんな都会に住めばいい、過疎に住んでいるのはその人たちが悪いんだ、その人たちのために国の財政を注ぎ込む必要はない、こう言ってきたわけですね。<br />　こういう主張に対してはよほど強烈に異を唱えないとずっとやられっぱしになる。<br />　今回の被災者は、家族や友人、故郷、あるいは思い出といったことを傷つけられて、簡単に復旧することは不可能なわけです。失われた人間の命は復旧しませんから。そういったなかでなお生きていく――。家族をなくしたら、その後を生きていくのは本当につらいことだと思います。<br />　そうであっても生きていこうとしているわけです。その場合、三陸沿岸の町をどういう町にしていくかということはその町に愛着を持っている人たちの間で決めていくしかない。<br />　それこそ現場の声であり、それは尊重しなければならない。ただ、それはそうだとしても、町は相当傷んでいるし、今後の津波のリスクを放置するわけにはいかないから、堤防の高さを高くするといったことは政府が行う。こういった物理的なことは単なる復旧ではなく、前よりもっといいものができるでしょう。復旧ではなく復興が可能だと思います。<br />　つまり、ソフト面は彼ら地元の声を聞いて決めるべきであり、それを可能にするためのハード面、物理的な担保としての堤防や橋、道路を国がつくるということになるわけです。これが基本的な話で当たり前といえば当たり前です。<br />　ところが政府がやろうとしていることやマスメディアが主張しているのはまるで逆です。<br />　ソフト面に関して中央で復興構想会議が議論している。高台への移転や山を削って平地をつくるとか、勝手なことを言っている。ところが、その一方で国が本来やるべきハード面については出し渋っているわけですよ。財源をどうするか、などと。やるべきことをやらないで、やらなくていいことをやっている。こういう状況にあるわけです。<br />　国がやるべきことは、地元の声を聞いて復旧、復興できるような環境整備をすることです。ハード面の物理的な復興と、さらには二重債務問題の解決などの資金的な支援ですね。それをどう使うかは地元の人たちに任せる。地元の人たちが自分たちの手で復旧、復興できるようにお金と物理的な支援をすることです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><strong><span style="color: #008000;">◆ＴＰＰ賛成とは復興に反対すること</span></strong></p>
<p><br />　そしてもうひとつ国がやるべき重要なことは、将来の不確実性を払拭することです。それが「ＴＰＰは不参加です」と決めることなんですよ。<br />　被災した農地は、これからがれきを撤去して塩害を受けたところは除塩してということになるのでしょうが、その間、借金を抱えて農地を復興させるわけですね。ところがやっと復興し、これから借金を返せるぞと思った瞬間、ＴＰＰに参加するのであなたたちは農業できなくなるかもしれません、ということになったら、じゃ今から復旧しても意味がないじゃないか、ということになる。それでは東北の農業の人たちは今の状況から前進できない。<br />　そうなったら農業を諦めるだろう、諦めた農地を集めれば大規模化ができる、と狙っているのが構造改革論者です。まさに被災者が農地を手放してくれたら好都合だと思っているわけですね。したがって、彼らは震災が起きたからこそＴＰＰ参加を、と主張しているわけです。<br />　これだけ悲惨な震災にあったからＴＰＰ問題はなくなるだろうと思うのは甘い。逆です。むしろＴＰＰを進める口実ができたと思っていますよ。しかし、ＴＰＰに賛成するということは、実は復興に反対することである、と認識する必要があります。</p>
<p style="text-align: center;">◇　　　　　　◇</p>
<p>　今回の震災が見せつけたことのひとつは、共同体が大事だということです。その土地に定着して暮らしているということです。これは危機のときだけではなくてふだんから必要なことですが、これまではともすれば、そういった共同体に束縛されないことがいいことだという風潮でした。しかし、もし束縛されないことがいいことなのであれば、地震の多い日本列島に束縛されないで外国に逃げればいいということになる。実際、外国人は国外に逃げましたね。<br />　その土地に束縛されない人間はその土地を復興させようとはしません。復興に取り組む人たち、危機のときに助けてくれる人たちとは、その共同体を、ここは自分の生まれた町なんだからここに住むんだと言う人たちです。<br />　まさにその地域で暮らしているＴＰＰ推進論者が蔑む内向きで束縛された人たちだけが、復興を成し遂げるんです。その共同体を壊さないように守るのが国だということです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><strong><span enctype="application/x-www-form-urlencoded" class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img style="float: right; margin: 0 0 20px 20px;" src="/archive03/proposal/images/proppr1107071001.jpg" alt="京都大学大学院工学研究科 准教授・中野 剛志氏" width="130" height="160" /></span>【略歴】</strong><br />京都大学大学院工学研究科 准教授・中野 剛志<br />（なかの・たけし）<br />　1971年、神奈川県生まれ。1996年、東京大学教養学部教養学科（国際関係論）を卒業後、通商産業省（現経済産業省）に入省。2000年より3年間、 英エディンバラ大学大学院に留学し、政治思想を専攻。2001年、同大学院より優等修士号（Msc with distinction）取得。2003年、同大学院在学中に書いた論文がイギリス民族学会（ASEN） Nations and Nationalism Prizeを受賞。2005年、同大学院より博士号（社会科学）を取得。経済産業省産業構造課課長補佐等を経て現職。著書に「考えるヒントで考える」「成長なき時代の「国家」を構想する」「自由貿易の罠 覚醒する保護主義」「恐慌の黙示録―資本主義は生き残ることができるのか」など。</p>]]>
        

    </content>
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    <title>【特集　もう一度考えよう！ ＴＰＰ】　 「『里山イニシアティブ』はどうなるの？　　国際社会への主張と矛盾」  寺林暁良 氏（農林中金総合研究所）</title>
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    <id>tag:www.jacom.or.jp,2011:/proposal//9.13636</id>

    <published>2011-05-30T05:08:12Z</published>
    <updated>2011-06-02T02:44:55Z</updated>

    <summary>　国境の壁をなくして農産物をはじめモノの自由貿易を拡大することは、生物多様性や環境にもその影響が及ぶのではないか。たとえば、遺伝子組み換え農産物が海外から大量に輸入されることになれば、生態系への影響も懸念される。一方で生物多様性の維持は、国際社会の重要な約束だ。実際、昨年、名古屋で開催されたＣＯＰ10で日本は、人の暮らしと自然との豊かな関わりの歴史として「里山」を世界に向けて発信した。発信したのはもちろん菅政権である。ＴＰＰ推進とこれは矛盾する――。</summary>
    
        <category term="提言" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="/archive03/proposal/">

        <![CDATA[<p><span enctype="application/x-www-form-urlencoded" method="get" class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;">　貿易と環境問題の関係性は、長年の懸案事項の一つとなってきた。輸出用の熱帯林伐採やプランテーション造成は、生物多様性を破壊し、地域住民の生活環境を悪化させる原因とされてきた。また、輸送距離の増加や環境規制基準の低い国への工場移転により、温暖化ガスや汚染物質の排出が増加・拡大することも問題とされてきたのである。<br />　一方、国際社会では環境保全や持続可能な社会の形成を求める動きも強まっており、ＷＴＯでも環境や人権、安全保障などの「非経済的関心事項」をいかに考慮するかが問われている。また、貿易問題を規定する国際環境条約は現在20に上っており、なかには希少生物の国際的取引を規制するワシントン条約（75年発効）や有害廃棄物の越境移動を規制するバーゼル条約（92年発効）のように、貿易を直接規制するものも含む。しかし、環境と貿易の整合性を取ることは容易ではなく、論争が続いているのも事実である。<br /><img style="float: right; margin: 0 0 20px 20px;" src="/archive03/proposal/images/head1105302.jpg" alt="（イメージ写真＝都市近郊の水田風景）" width="240" height="160" /></span>　ＴＰＰでは、ＧＡＴＴ第20条に準じると規定される以外、環境についての特別な規制はないが、潜在的には様々な環境問題と関係しうる。ＴＰＰと関係の深い環境問題の一つとして挙げられるのが、生物多様性問題であろう。生物多様性とは、遺伝子、種、生態系の３レベルの多様性のことを言うが、それらを保全し持続的に利用することが課題とされている。国際社会では、92年に生物多様性条約（ＣＢＤ）が採択され、現在193の国・地域が批准している。</p>
<p>（イメージ写真＝都市近郊の水田風景）</p>
<p><strong><span style="color: #008000;">◆ＴＰＰ主要国はカルタヘナ議定書に未批准</span></strong></p>
<p>　まず、ＴＰＰと生物多様性条約との関係で問題となるのは、遺伝子組み換え生物（ＬＭＯ）の取扱いである。<br />　ＬＭＯ貿易の拡大は、ＬＭＯと在来品種との交雑、ＬＭＯの野外への拡散、「スーパー害虫」の登場など、様々な環境問題につながりうる。また、ＬＭＯがどのような問題が起こし、どれだけ深刻になるのかを全て予測することは不可能なため、予防原則に基づいた規定も必要になる。そのため、ＣＢＤでは法的拘束力のあるカルタヘナ議定書を策定し、ＬＭＯの国際間移動に関するルールを定めている。これには日本をはじめ、160の国・地域が同議定書を締結しており、昨年の補足議定書では、ＬＭＯの輸出国が輸入国に損害を与えた場合の「責任と救済」についてのルールも加えられている。<br />　しかし、特定国家間の協定であるＴＰＰでは、カルタヘナ議定書のルールは通用しない。なぜなら、世界の遺伝子組換え作物（ＧＭ作物）の作付面積の約5割（約6680万ha）を占める米国はＣＢＤ自体に批准していないし、近年ＧＭ作物の作付面積が急拡大しているオーストラリアや、バイオテクノロジー技術の開発を推進するシンガポールなどはカルタヘナ議定書に批准していないからである。つまり、ＴＰＰによってＧＭ作物の輸入が拡大し、万が一深刻な環境問題が起こったとしても、これらの国に対しては、同議定書に則って責任を問うことができない。<br />　それでは国内法で規制・対処できるかというと、この適用も難しいと思われる。実際、環境規制を目的とした国内法が自由貿易枠組みに違反するとして国際紛争解決措置がとられたケースは多く、ＴＰＰでも同様の手続きで違法扱いされる可能性がある。<br />　カルタヘナ議定書は、遺伝資源などの生物多様性を保全するために必要だからこそ策定され、日本もＬＭＯの輸入により様々な問題が起こりうるからこそ、この議定書に批准したのである。こうした議論を振り返り、ＴＰＰで起こりうる問題を再度検討することが必要であろう。</p>
<p><strong><span style="color: #008000;">◆生態系サービスとその衰退</span></strong></p>
<p>　次に、ＴＰＰは、日本の生物多様性戦略とも矛盾している。日本では、里地・里山のように人間の働きかけとの相互作用によって成立してきた自然（二次的自然）に高い生物多様性が認められている。しかし、過疎・高齢化の進展などによって、耕作放棄地や、管理が不十分な水路やため池などが増加している。これは、農山漁村の生物多様性の衰退だけではなく、獣害や病虫害の発生のように、農山漁村の生活環境の悪化にもつながっている。<br />　そもそも、なぜ生物多様性が注目されているかというと、生物多様性は、衣食住に必要な財の供給や、気候を安定化させ災害を防止する機能、文化的な豊かさなど、様々な生態系サービスをもたらすためだ。そして、それを量的・金銭的なものを含めて評価しようという動きも進んでいる。例えば、コスタンザらの研究グループは、地球上の生態系サービスを年間平均約33兆ドル（世界の総生産の約1.8倍）と試算している。日本における農村の多面的機能も生態系サービスに近い議論だが、日本学術会議はこれを８兆円以上と試算している。また、それを支える協同組織・地縁組織の集落機能にも大きな価値が認められ、注目を集めている。<br />　こうしたなか、日本の環境省は、昨年10月に名古屋で開かれたＣＢＤ第10回締約国会議（ＣＯＰ10）でＳＡＴＯＹＡＭＡイニシアティブを提唱し、人間の活動の影響を受けて形成・維持される二次的自然を保全することの重要性を訴えた。これは、農山漁村の生態系サービスやそれを支える地域社会の重要性を主張したもので、地域政策の柱となりうるものとしても世界的に注目されている。<br />　しかし、ＴＰＰの議論では、以上のような議論が考慮されることはほとんどない。ＴＰＰが農山漁村の社会構造の変化を促進することは、多くのＴＰＰ推進論者が認めるところであるが、その議論は産業としての農業のあり方までにとどまる場合が多い。<br />　農水省がＴＰＰの影響試算で農村の多面的機能3.7兆円分が失われるとしていることは一つの目安として考慮されるべきものである。ただし、生態系サービスは金額換算が難しいものも多く、すべての環境問題がＴＰＰを原因して発生するわけでは当然ない。<br />　こうしたなか、日本には、以上のような地域環境問題を考えるための重要な先例がある。それは、森林荒廃とそれに伴う各県の森林環境税の導入である。</p>
<p><span enctype="application/x-www-form-urlencoded" method="get" class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img style="text-align: center; display: block; margin: 0 auto 20px;" src="/archive03/proposal/images/proppr1105300101.gif" alt="生物多様性がもたらす生態系サービス" width="379" height="323" /></span></p>
<p><strong><span style="color: #008000;">◆森林荒廃と森林環境税に学ぶべきこと</span></strong></p>
<p>　日本の森林荒廃の原因は、森林の経済的価値が失われたことによるところが大きい。森林の経済的価値が失われた背景には、里山の薪炭林のようにエネルギー利用の変化によるものもあるが、人工林の場合、1960年に木材の輸入自由化がおこなわれ、木材価格が下落してきたことも理由の一つに挙げられるだろう。<br />　森林環境を良好に保つには、枝打ち、間伐・除伐、下草刈りなどの手入れが必要である。しかし、こうした作業には金銭・時間の負担が必要なため、採算が合わなければ当然手入れは不十分になる。ならば採算の合わない森林は放っておけばいいかというと、そうではない。実際、管理されない森林では、保水・土壌維持機能などの生態系サービスが失われ、獣害や病虫害の温床となるなど、重大な環境問題が全国各地で生じている。<br />　森林荒廃が深刻化するなか、現在29県で導入されているのが森林環境税である。これは、森林整備のために、県民（一番高い県で１人当たり年間1000円、低い県で同400円）や事業所（一番高い県で法人均等割額の11％、低い県で同５％）が税負担を行うものだ。しかし、森林経営が成り立つのならば、本来こうした税は必要のないはずである。木材の経済的価値が失われたことによって余計なコストが必要になり、地方自治体等に担う必要のない仕事を強いる事態になっているのである。<br />　このように、自然資源の輸入拡大は、単にそれが外国からの輸入品に置き換わるということだけではなく、自然資源が利用・管理されなくなることで、地域環境の荒廃を助長することにつながる。それによって生態系サービスが失われるだけではなく、コストをかけて管理する必要さえも生まれるのである。ＴＰＰは、国土保全政策上も重要な問題であることがわかるだろう。</p>
<p><strong><span style="color: #008000;">◆農山漁村への不利益の偏り</span></strong></p>
<p>　もう一つの重要な点は、環境悪化によってデメリットを被り、コスト負担が強いられるのは、他ならぬ地域住民だということである。<br />　環境問題の分析手法の一つに、「受益圏／受苦圏モデル」というものがある。一般的に、地方において大規模な事業や開発、政策が行われる際、その受益圏は幅広く設定され、経済的利益の最大化といった全体の整合性のもとで評価される。しかし、それに伴う公害・環境破壊によって生活被害を受ける受苦圏は、そこに寄り添う地域住民に偏っている。全体性を見る受益圏と身近な問題とみる受苦圏の視点はすれ違っているが、一般に受益圏は多数派で主導的立場を取りやすいため、受苦圏の視点は考慮されにくい。<br />　ＴＰＰにも同様な構図が見て取れる。ＴＰＰの議論の多くは、ＧＤＰのように国全体の利益を尺度として議論されることが多い。しかし、こうした議論は、地域環境が荒廃することによる痛みをほとんど受けることのない人々の間で行われている。そして、農山漁村に住む地域住民がＴＰＰのツケを一方的に引き受けるという構造が生まれかねない。このように、受益圏と受苦圏との間の不利益に公正さを欠くことは、環境倫理学でも大きな問題の一つとされている。</p>
<p><strong><span style="color: #008000;">◆将来を見据えた熟議が必要</span></strong></p>
<p>　以上のように、生物多様性という側面をとってみても、ＴＰＰには様々な問題の火種が潜んでいることがわかる。貿易と環境の問題は複雑であるし、環境保全を理由にすべての貿易を規制するのは現実的ではない。しかし、安易にＴＰＰを推進する前に議論すべき問題も多いと思われる。<br />　ＴＰＰによってＬＭＯのような環境リスクへの対処がさらに難しくなる可能性についての検討は、不十分である。また、日本は、農山漁村の集落機能や生態系サービスの重要性にようやく気付き、それをＳＡＴＯＹＡＭＡイニシアティブとして国際社会に主張したはずである。その提唱国自らが、生態系サービスなどを考慮せずにＴＰＰを推進すれば、国として矛盾していることになる。<br />　今日、環境問題は「持続可能性」という言葉とセットで語られることが多い。環境問題を考慮することは、国あるいは地域の将来を考えることにつながる。ＴＰＰの是非についても、将来の日本、そして農山漁村の姿をしっかりと見据えた上で熟議する必要があると思われる。</p>
<p><span style="background-color: #d9f1e4;"><strong>SATOYAMA（里山）イニシアティブ</strong></span></p>
<p>　昨年10月に開催されたＣＯＰ10（生物多様性条約第10回締結国会議）では、日本政府が提案した「SATOYAMAイニシアティブ」が採択されている。<br />　ここでは▽人々が伝統的な方法に学びながら、現代に合うかたちで土地と自然資源の適切な利用や管理の方法の実践で自然を守る、▽人間も豊かで幸せな生活が送れるようにすることをめざす、などが目標だ。<br />　具体的には、▽都市化したライフスタイルを見直し持続可能な土地や生態系サービスの利用方法をつくり上げること、▽里山を維持管理しながら経済を活性化させ都市への人口流出を抑制、食料や燃料を自給できる「より自立した地域社会の形成」に取り組む、などだ。国際的な連携の枠組みとして「SATOYAMAイニシアティブ国際パートナーシップ」が発足、12か国の政府を含め74団体が参加している。</p>]]>
        

    </content>
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    <title>【特集　もう一度考えよう！ ＴＰＰ】　 「韓国の『国のカタチ』」　　鈴木利徳 氏（農林中金総合研究所 常務取締役）</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="/archive03/proposal/proposal/2011/proposal110527-13626.html" />
    <id>tag:www.jacom.or.jp,2011:/proposal//9.13626</id>

    <published>2011-05-27T03:51:37Z</published>
    <updated>2011-05-30T08:07:10Z</updated>

    <summary>　ＴＰＰ推進派の多くは日本と韓国との貿易戦略を比較し、ＴＰＰ不参加の場合のデメリットを唱えている。韓国が１９６０年代以降、国を挙げての輸出工業化を図りめざましい経済発展を遂げたのは事実だが、それによって韓国の「国のカタチ」も大きく変わった。韓国の歴史や現状を理解しないまま盲目的に目標とすべきではないと提言する農林中金総研の鈴木利徳氏に、韓国経済の&quot;今&quot;を解説してもらった。
</summary>
    
        <category term="提言" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="/archive03/proposal/">

        <![CDATA[<p style="text-align: center;"><strong><span style="font-size: x-large;"><span style="color: #800000;">韓国企業の躍進に目を奪われ<br />脅威感じる日本の財界人</span></span></strong></p>
<p><span style="color: #000000;">
<p><img style="float: right; margin: 0 0 20px 20px;" src="/archive03/proposal/images/head110527.jpg" alt="（イメージ写真＝韓国・ソウルの風景）" width="240" height="160" />　「韓国に後れをとるな」。これは、ＴＰＰ推進派の主張のひとつである。朝鮮戦争の停戦（1953年）直後、韓国は国民所得80ドル、文盲率70％の最貧国であった。しかし、1960年以降の約半世紀、年平均成長率７％を超える驚異的な経済成長を遂げ、今は一人当たりＧＤＰ（国内総生産）約２万ドル、世界でもトップクラスの経済大国になった。そして、激しいグローバル競争を繰り広げる自動車や電気・電子機器等の分野では日本の有力企業を脅かす存在となっており、韓国企業の躍進に脅威を感じる財界人などが、その全体像や具体的な内容を理解しないまま、韓国のＦＴＡ（自由貿易協定）戦略に対抗する思いでＴＰＰの推進を唱えているのが、今の実状ではなかろうか。<br />　しかし、韓国の大企業の躍進ぶりに目を奪われてしまうと、韓国の真の姿は見えてこない。ここでは韓国の真の姿を少し追いかけてみよう。そのためには、韓国の現代史を振り返らねばならない。</p>
<p>（イメージ写真＝韓国・ソウルの風景）</p>
</span></p>
<p><strong><span style="color: #008000;"><br />◆迅速で徹底した韓国の輸出指向工業化路線</span></strong></p>
<p>　韓国の国家再建は1961年の朴正熙（パクチョンヒ）将軍による軍事クーデターから始まった。軍事政権は65年にはアメリカ援助当局やＩＭＦ（国際通貨基金）の要請する「市場メカニズムの正常化」を受け入れ、韓国経済を世界経済にリンクするための一連の改革を断行する。いわゆる輸出指向工業化路線がこのときに敷かれたことになる。また、経済復興の牽引役となったのは朝鮮戦争後に生れた財閥であり、その後いくたびか政権が交替したが、財閥が国家経済をリードするカタチは今に至っても変わらない。ここに韓国経済の大きな特色がある。<br />　経済復興の戦略が輸出と定まった後の軍事政権の対応はきわめて迅速であり、輸出振興にむけて国民を動員し、大本営なみに「輸出拡大会議」を設け、輸出拡大に貢献した企業を愛国企業として表彰した。産業の保護育成がこれほど徹底して輸出奨励に焦点を合わせて行われた例は他にないといわれている。徹底した輸出奨励、これが韓国経済の第二の特色である。<br />　輸出工業化は功を奏し、60年代後半から79年にかけて韓国は平均成長率約10％という目覚しい経済発展を遂げた。<br />　工業化とともに、この間爆発的な都市化が進んだ。都市と農村の人口分布をみると、60年当時は農村人口が７割超であったが、80年には４割に減少し、都市に人口の６割が集中した。この傾向はその後も継続し、95年には都市人口が８割を占めるに至っている。異常なまでの人口の都市集中、これが韓国経済の第三の特色である。</p>
<p><br /><strong><span style="color: #008000;">◆外資の意向を無視して前に進めない韓国の経済</span></strong></p>
<p><br />　財閥優遇、輸出奨励、都市集中という韓国経済の特色は、アジア通貨危機を端緒とする97年の経済危機とその克服の過程を通じてさらに深化する。97年12月に、韓国政府はＩＭＦとの間で資金支援などを盛り込んだ合意覚書を交わし、ＩＭＦの管理体制下におかれた。ＩＭＦは韓国政府に対し、構造改革を求め、その見返りとして583億５千万ドル（うちＩＭＦからは210億ドル）という巨額の資金援助が約束された。これは通貨危機にまつわる支援としては過去最大のものであった。<br />　97年12月、危機のどん底のなかで誕生した金大中政権はＩＭＦの提示したプログラムを忠実に履行した。2001年までに５つの銀行が認可取り消し、９つの銀行が合併させられた。一方、外国人の投資制限が完全撤廃されて銀行・証券など金融部門での外資の流入が際立った。05年現在、主要金融機関においては株式の７<span style="font-size: 7.5pt; color: black; font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;; mso-ascii-font-family: Verdana; mso-hansi-font-family: Verdana; mso-bidi-font-family: 'Times New Roman'; mso-font-kerning: 1.0pt; mso-ansi-language: EN-US; mso-fareast-language: JA; mso-bidi-language: AR-SA;">〜</span>10割（国民銀行86％、韓国外換銀行74％、韓美銀行99％、第一銀行100％）が外資に握られてしまった。金融機関だけでなく、優良企業の外国人持ち株比率も高い（サムスン電子54％、ポスコ66％、ＳＫテレコム48％、現代自動車48％、いずれも04年）。こうした外資比率の高まりにより、現在の韓国経済は外資の意向を無視して進めることはできなくなっている。<br />　経済危機で内需が落ち込むなかで、ウォン安に支えられる形で輸出が急増した。輸出が危機後の経済復興を牽引する役割を果たした。その後、03年から韓国政権は輸出振興のためにＦＴＡへの取り組みを積極化したが、ＦＴＡ戦略強化に踏み出すこととなる伏線は経済危機後の経済復興の過程にあったといえよう。</p>
<p><br /><strong><span style="color: #008000;">◆ＦＴＡ戦略網の急拡大で企業のグロ?バル化を展開</span></strong></p>
<p><br />　ここで韓国のＦＴＡ戦略について簡単にふれておきたい。<br />　韓国は2000年代初めまではＦＴＡに対する取り組みにおいて日本よりも後れていた。取り組みを積極化したのは03年からであり、韓国政府は03年８月に同時多発的にＦＴＡを推進することを内容とする「ＦＴＡロードマップ」を決定した。<br />　06年までにチリ、シンガポール、ＥＦＴＡ（欧州自由貿易連合：スイス、ノルウェー、リヒテンシュタイン、アイスランド）との間でＦＴＡを発効、07年にＡＳＥＡＮとの間で商品貿易協定発効、その後09年にはサービス貿易協定発効、2010年にはインドと発効、アメリカと合意、ＥＵと署名するなど、ＦＴＡ締結の動きを加速している。<br />　国内の市場規模（人口48百万人）が小さい韓国は輸出依存度が高く（08年54％、日本は18％）、ＦＴＡ網を拡大することで、企業のグローバル展開を後押ししているのである。<br />　ＩＭＦの緊急支援を受けた国でこれほど早く復活した国は前例がない。その意味で危機克服策はとりあえず成功したと評価できる。<br />　しかし一方、マイナスの影響も大きかった。それはひと言でいえば格差社会の深化である。</p>
<p><br /><strong><span style="color: #008000;">◆ＩＭＦの管理体制下でアメリカ式市場主義を貫徹</span></strong></p>
<p><br />　ＩＭＦの管理体制下におかれた98年以降、韓国の旧来型の経営は悪とされ、それに代わってアングロサクソン型の効率経営モデルが善とされた。経済体制、政策、制度においてアメリカ式の市場主義が貫徹された。<br />　経済危機後、まず行われたことは徹底した合理化である。危機前に30大財閥といわれた財閥系企業の約半数は解体、破綻した。生き残った企業は猛烈な人員削減で危機を乗り切ろうとし、当時ソウルの街にはホームレスが急増したといわれている。<br />　つぎに実行されたことは労働市場の改革である。韓国の労使政（労働者・使用者・政府）委員会はＩＭＦの求めに応じ労働慣行の見直し、整理解雇制・派遣労働制の導入などに合意し、これを契機に企業では大規模なリストラが実施された。<br />　しかし、このようなリストラは韓国企業の早期再生に寄与した反面、失業と非正規雇用の増加につながった。雇用者全体に占める非正規雇用者の割合は01年には27％に上昇し、09年現在で35％と高い割合を占めている。非正規労働者の増加は所得格差の拡大につながり、このような所得・雇用環境の不安定が少子化加速の大きな要因ともなっている。</p>
<p><br /><strong><span style="color: #008000;">◆大企業の極端な偏重政策で中小企業層は希薄化へ</span></strong></p>
<p><br />　また、韓国政府は国際競争力を強めるために財閥系企業優先の政策をとってきた。そのために、大企業と中小企業の収益力格差が拡大するとともに、大企業偏重の政策のなかで中小企業の層は極めて薄いものとなった。中小企業の育成がなされなかったのである。経済のグローバル化により部品等の中間財は輸入すれば事足りたことも、国内の中小企業育成に力を注がなかった要因のひとつである。<br />　これは、2010年の韓国の貿易収支構造にも表れている。2010年の韓国の貿易黒字は過去最大の417億ドルであったが、中間財の多くを日本に依存しているために、対日貿易赤字も過去最大の348億ドルとなった。工業製品を輸出すればするほど日本からの中間財の輸入が増える構造になっているのである。<br />　しかし、中小企業の層が薄いことが「国のカタチ」をいびつなものにした。中間財の多くを輸入しているために、輸出が拡大しても国内の雇用の増大に結びつかないのである。韓国は雇用創出力の著しく低い国となった。大卒の若者の就職内定率は３、４割だといわれている。正規職に就けない若者は非正規職を転々としているという。</p>
<p><br /><strong><span style="color: #008000;">◆後継者のいない高齢専業農家が農業を支える</span></strong></p>
<p><br />　中小企業の層の薄さは農村の構造にも影響している。韓国の専業農家比率は58％（08年）と高いが、農家の世代構成をみると、１世代が55％、２世代34％、３世代11％であり、１世代が圧倒的に多い。また、農家の世帯員数をみると、１<span style="font-size: 7.5pt; color: black; font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;; mso-ascii-font-family: Verdana; mso-hansi-font-family: Verdana; mso-bidi-font-family: 'Times New Roman'; mso-font-kerning: 1.0pt; mso-ansi-language: EN-US; mso-fareast-language: JA; mso-bidi-language: AR-SA;">〜</span>２人が52％（05年）を占める。しかも、その実相は単身高齢者と高齢者夫婦世帯である。つまり、高齢１世代専業農家が過半を占めているのであり、２世代、３世代家族が大半を占める日本の農家とは様相が大きく異なる。</p>
<p><span enctype="application/x-www-form-urlencoded" method="get" class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img style="text-align: center; display: block; margin: 0 auto 20px;" src="/archive03/proposal/images/proppro1105270401.gif" alt="農家の世代構成" width="435" height="213" /></span>　つぎに、家計費に占める農業所得の割合をみてみると、農業所得の家計費充足度（農業所得/農家の家計支出）は95年の71％から2000年には61％へ5年間で大きく低下した。農家は農外所得で家計を補足する必要があるが、中小企業の層が薄いこともあって農村に兼業機会は少ない。そのために、離農が増加している。日本の場合は昭和一桁世代を中心とする高齢者の離農が進行しているが、韓国では青壮年層を中心とする離農であり、かつ、都市への流出を伴う離農である点に特色がある。</p>
<p><span enctype="application/x-www-form-urlencoded" method="get" class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img style="text-align: center; display: block; margin: 0 auto 20px;" src="/archive03/proposal/images/proppro1105270403.gif" alt="家計費充足度の変化" width="440" height="167" /></span></p>
<p><br />　確実視されている食糧自給率の急速な低下</p>
<p>　輸出依存度の高い韓国は、03年以降ＦＴＡ推進を積極化し、財閥系企業は国際競争力を強化した。５大財閥グループ（サムスン、現代、ＳＫ、ＬＧ、ロッテ）の売上高の合計はＧＤＰの７割に匹敵する規模となった。しかし、「国のカタチ」をみると、中小企業の層が薄く、雇用創出力は弱い。多くの若者が正規職に就けない。農村から青壮年層が流出し、高齢専業農家が農業を支えている。そして、農家の96.5％は「後継者がいない」（05年韓国農業総調査）という現実をかかえている。将来、食料自給率の急速な低下が確実視される「国のカタチ」がそこにある。</p>
<p><span enctype="application/x-www-form-urlencoded" method="get" class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img style="text-align: center; display: block; margin: 0 auto 20px;" src="/archive03/proposal/images/proppro1105270402.gif" alt="農家の後継者の有無" width="513" height="462" /></span></p>
<p>　大戦、米ソによる分割占領、朝鮮戦争、貧困、独裁政治、クーデター、軍事政権、民主化運動、経済破綻とその後の急速な経済復興等々第二次大戦後の韓国の歩みは対立と流血が繰り返された凄まじい歴史である。人々は家族を失い、離散し、飢えに苦しみ、ときには死を賭して圧政に立ち向かった。<br />　韓国が歩んできたこの苦難の歴史を理解せずに、韓国の「国のカタチ」を盲目的に標榜することも、また、安易に批判することも許されない。<br />　日本は、日本としてのあるべき「国のカタチ」を創造的に追求すべきであり、それは韓国と相互に切磋琢磨し、また、真に連携する道であると信じる。</p>]]>
        

    </content>
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    <title>【特集　もう一度考えよう！ ＴＰＰ】　関税の歴史と関税政策の役割―新しい世界秩序の構想を世界に示すべき　　清水徹朗 氏（農林中金総合研究所）</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="/archive03/proposal/proposal/2011/proposal110526-13617.html" />
    <id>tag:www.jacom.or.jp,2011:/proposal//9.13617</id>

    <published>2011-05-26T06:26:13Z</published>
    <updated>2011-06-02T02:37:33Z</updated>

    <summary>　ＴＰＰが成立すると加盟国間の関税は原則として撤廃される可能性が高いが、そもそも関税とは何なのか、関税制度はどのように形成されてきたのかについて考えてみたい。</summary>
    
        <category term="提言" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="/archive03/proposal/">

        <![CDATA[<p><strong><span style="font-size: large;"><span style="color: #008000;"><span style="color: #003366;">関税とは何か</span><br /></span><br /></span></strong>　関税とは、国境を超える商品の取引（＝貿易）に際し、取引される商品の金額や数量に対して一定割合の税金を課すことである。商品の取引に際して課税するという点では、関税は国内の商品取引に課税する消費税に似ている。関税は輸出に際し輸出業者から徴収することもあるが（輸出税）、輸入に際し輸入業者から徴収する輸入関税が一般的である。</p>
<p><span style="color: #003300;"><strong><span style="font-size: large;"><span style="color: #008000;"><span style="color: #003366;">関税の目的</span><br /></span></span></strong><br /></span>　それでは、なぜ輸入品に対して関税をかけるのであろうか。<br />　関税が導入された当初の目的は、国家の税収の確保である。港湾整備、通関業務等に公的経費がかかり、また産業政策の財源も必要であるため、それを関税収入でまかなおうというものである。関税率の低下、他の税収の増加によって日本の税収に占める関税収入の割合は２％程度まで低下しているが、所得税、法人税、消費税の制度が未整備であった時代には国家収入に占める関税の割合は高く、現在でも途上国のなかには関税収入の割合が高い国が多くある。<br />　関税のもうひとつの目的は、国内産業の保護・育成である。経済の国際化が進展すると外国製品との競合が激しくなるが、産業が未発達の状況で外国との競争にさらされると国内産業が打撃を受けるため、競争上の不利を是正するために関税が設定・維持される。農産物関税もその一つであり、国内の農業を維持するため諸外国からの輸入農産物に対して関税をかけて輸入の増大を防いでいる。</p>
<p><strong><span style="font-size: large;"><span style="color: #008000;"><span style="color: #003366;">貿易論争と関税制度の歴史</span><br /></span></span></strong><br />　関税のあり方に関してこれまで多くの論争が行われており、関税論争の歴史は、そのまま経済学（特に貿易論、国際経済学）の発達の歴史でもある。<br /><br /><br /><strong><span style="color: #008000;">◆重商主義<br /></span></strong><br />　16<span style="font-size: 7.5pt; color: black; font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;; mso-ascii-font-family: Verdana; mso-hansi-font-family: Verdana; mso-bidi-font-family: 'Times New Roman'; mso-font-kerning: 1.0pt; mso-ansi-language: EN-US; mso-fareast-language: JA; mso-bidi-language: AR-SA;">〜</span>18世紀の絶対王制の時代では、イギリスの東インド会社に代表されるように、国家が貿易に深く関与していた。この時代の政策体系は重商主義と呼ばれており、富の源泉が輸出と輸入の貿易差額にあるとして、国による産業保護と輸出奨励が行われ、輸入は制限された。<br /><br /><br /><strong><span style="color: #008000;">◆自由貿易主義</span><br /></strong><br />　重商主義の政策体系に根本的批判を与えたのがアダム・スミスであり、スミスは自由な貿易（交易）による分業こそ経済発展の源であるとし、『国富論』において自由貿易を主張した。スミスの自由貿易論を体系的に整備したのがリカードであり、リカードは「比較優位説」により自由貿易の利点を示し、当時の穀物法（輸入穀物に対する高関税）を批判した。穀物法は1846年に廃止され、その後、イギリスは自由貿易の道を歩むことになる。<br /><br /><br /><strong><span style="color: #008000;">◆保護貿易の主張</span><br /><br /></strong>　一方、マルサスは食料の安定供給という観点から穀物法を擁護し、リカードと対立した。また、ドイツの経済学者リストは、産業発展の遅れた段階で自由貿易を採用すると産業の発展が阻害されるとして、関税による保護貿易を主張した。こうした自由貿易と保護主義の論争は明治期以降の日本でもあり、自由貿易論者として田口卯吉、石橋湛山などがおり、保護主義を唱えた者として河上肇、犬養毅などがいた。<br /><br /><br /><strong><span style="color: #008000;">◆経済ブロック化とＧＡＴＴの成立</span><br /><br /></strong>　1930年代に世界恐慌によって経済状況が悪化すると、自由貿易を標榜していたイギリスも自国産業保護のため経済ブロック（英連邦特恵関税制度）を形成し、英連邦以外の国・地域からの貿易を制限した。これを契機に世界経済のブロック化が進み、こうした戦前の状況に対する反省から生まれたのが、ＧＡＴＴ（関税及び貿易に関する一般協定）であった。</p>
<p><strong><span style="font-size: large;"><span style="color: #008000;"><span style="color: #003366;">50年かかった関税自主権回復の歩み<br /></span><br /></span></span></strong>　周知の通り、日本は江戸時代に鎖国政策をとっており、長崎の出島におけるオランダ、中国との貿易を例外として外国との自由な貿易を認めていなかった。しかし、黒船来航（1853年）以降、米国からの圧力に押されて、日本は1858年に日米修好通商条約を結び、横浜など長崎以外の港での貿易も認めることになった。<br />　しかし、この条約は日本の関税自主権を放棄するような内容を含んでいたため、その後の日本は、この不平等条約の改正、関税自主権の回復に多大な外交努力を注ぐことになった。その結果、小村寿太郎、陸奥宗光らの努力によって日本は関税自主権を回復したが、それが実現したのは、条約締結から約50年を経た1911年（今からちょうど100年前）のことであった。<br />　中国も同様の状況にあり、イギリスとのアヘン戦争の後に結ばれた南京条約（1842年）によって、中国は、香港をイギリスに割譲するとともに関税自主権を失い、半植民地的な状態になった。こうした清国の状況に危機感を持った人々によって革命運動が起き、清国は辛亥革命（1911年）によって滅亡した。<br />　<br /><span style="color: #888888;"><strong><span style="font-size: large;"><span style="color: #003366;">ＧＡＴＴ体制下の関税率引き下げ<br /></span></span></strong></span><br />　第二次世界大戦に至る戦前の世界体制に対する反省として生まれたのが国際連合やＧＡＴＴ、ＩＭＦ、世界銀行であり、米国を中心とした戦後の世界体制（ブレトンウッズ体制）が構築された。<br />　敗戦によってＧＨＱの占領統治下に置かれた日本は、1952年に独立し、その後高度経済成長の時代に入ったが、戦後の日本は、戦時中の独善的な外交姿勢を反省し、1955年にＧＡＴＴに加盟し、翌1956年には国連に加盟して、国際社会に復帰した。<br />　そして、1960年に貿易為替自由化大綱を策定し、日本はＧＡＴＴ精神に従って貿易自由化を進め、貿易を原動力に経済成長を実現した。日本はＧＡＴＴにおける関税削減交渉（ラウンド）にも積極的に参加し、農産物に関しても徐々に輸入自由化（関税化、関税率引き下げ）が行われた。<br />　ＧＡＴＴの加盟国数が増大するとともに、世界の関税率は徐々に引き下げられ、ＧＡＴＴは経済のグローバル化を進める原動力となった。さらに、1995年にはＷＴＯが成立し、社会主義路線のなかでＧＡＴＴを批判してきた中国も2001年にＷＴＯに加盟し、まもなくロシアもＷＴＯに加盟する予定であり、ＷＴＯは世界の貿易秩序を協議する重要な場となっている。</p>
<p><strong><span style="font-size: large;"><span style="color: #003366;">途上国の開発問題と特恵関税制度<br /></span></span></strong><br />　このように戦後の世界貿易体制の枠組みを形成してきたＧＡＴＴであるが、そのなかで大きな問題として浮上してきたのが、途上国の経済開発問題である。1960年代に、アジア、アフリカ諸国の独立が進むなかで途上国から先進国中心の世界経済体制に対する批判が強まり、国際経済体制の改革を求める要求が強まった。そのため、1965年に、ＧＡＴＴのなかに最恵国待遇原則の例外として途上国に対する特恵関税制度が設けられた。<br />　ドーハラウンドの正式名称が「ドーハ開発アジェンダ」であることに象徴されるように、途上国の経済開発問題はＷＴＯ成立後も大きな問題であり続けており、現在ＷＴＯ交渉が難航している最大の要因は途上国と先進国の対立である。</p>
<p><strong><span style="font-size: large;"><span style="color: #008000;"><span style="color: #003366;">ＦＴＡ・関税同盟とＡＰＥＣ</span><br /></span></span></strong><br />　こうした世界的規模での関税交渉の一方で、ＦＴＡ（自由貿易協定）、関税同盟など地域間の関税協定も進められてきた。ＦＴＡや関税同盟は特定の国の間で関税を撤廃・削減するという経済統合の一形態であるが、ＧＡＴＴの最恵国待遇原則と矛盾する側面があるため、ＧＡＴＴでは一定の条件を満たすものに限ってＦＴＡ・関税同盟を認めている。<br />　ＧＡＴＴ成立当初あったＦＴＡ・関税同盟はベネルクス関税同盟など小規模で数も少なかったが、1958年にＥＥＣが結成され、90年代には、ＥＣと旧東欧諸国との間で多くのＦＴＡが締結されるとともに、北米でＮＡＦＴＡが成立し、2000年以降は、世界各地でＦＴＡが乱立する状況になっている。<br />　日本は、90年代までは、経済ブロック化につながりかねないＦＴＡや関税同盟を批判しており、ＡＰＥＣ（アジア太平洋経済協力）による「開かれた地域協力」を唱えてきた。しかし、世界的なＦＴＡの流れの中で日本も2000年頃から方針を転換し、その後、ＦＴＡを推進してきた。</p>
<p><strong><span style="font-size: large;"><span style="color: #008000;"><span style="color: #003366;">重要な関税政策の役割</span><br /></span></span></strong><br />　以上、関税を巡るこれまでの歩みを概観したが、関税のあり方に関して様々な論争・交渉が行われて今日の関税制度が形成されてきたことがわかる。<br />　自由貿易理論によれば、関税などの保護主義的制度は国民の経済厚生を低下させ、貿易は自由化したほうがよいとされる。しかし、問題はそれほど簡単ではない。自由貿易主義は市場原理主義と同じであり、規制緩和を進めて全てを市場にゆだねた場合、経済・社会に何をもたらすかは、これまで起きた様々な問題で明らかであろう。<br />　日本は、これまで貿易自由化を進めてきたものの、ＷＴＯにおいてもＦＴＡにおいても、重要農産物の除外、漸進的改革などによって日本農業、日本社会への影響を少なくする努力を行ってきた。しかし、ＴＰＰは、例外をほとんど認めておらず、これまでの交渉とは根本的に異なる要素を有している。米国がＴＰＰを進めたいと思っているのは、米国がアジアを取り込みたい、米国の輸出を伸ばしたいという、あくまで米国の都合であり、それに日本は安易に乗るべきではない。また、日本の経済界がＴＰＰに対して望んでいるのも、関税負担を減らしたいという目先の利益であり、経済界の人々がそれほど深い思想・構想を持っているわけではない。<br />　「第３の開国」とは威勢がいいようであるが、日本は、１回目の「開国」（日米修好通商条約）の時も、２回目の「開国」（日米安全保障条約）の時も、米国と不平等条約を締結させられ、１回目の不平等条約の改正には50年かかり、２回目の安保条約は、60年が経過してもいまだに沖縄の人々を苦しめている。米韓ＦＴＡは、投資条項など米国に有利で韓国に不利な内容が多く含まれている不平等条約であることが指摘されており、ＴＰＰも米国主導の不平等条約にならないという保証はない。<br />　現在の日本の農産物関税は、日本の食料生産を維持するために不可欠のものであり、食料安全保障、農業の多面的機能の維持のため重要な役割を果たしている。関税政策は、それぞれの国の主権に属するものであり、それをＴＰＰによって米国にゆだねるべきではない。自国の利害を優先させ、他国の経済・社会を混乱に導いてきたこれまでの米国の外交姿勢を批判し、日本は、ＴＰＰに代わる、アジア地域の平和構築のための新しい世界秩序の構想を世界に示していくべきであろう。</p>]]>
        

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